早見を探そうと全力で走る。


 意外にも近くに居ると思う。多分飼育小屋の裏だ。


 読みは当たった。


 俺が見た場面では。マー君が頭を守るようにして地面に転んで泣いていて、それを見ながら息を荒げてる早見だった。


「早見!? 何があった!」


 名を呼ぶと、早見は怯えた様子でこちらを見る。

 

「せ.......。先輩......。ち、違うんです。これは.......」


 体の震えや声の調子からして、なんとなく嫌な予感がした。


 

「何? どうしたのよ」


 

 早見に話しかけようとした時。いつの間にか俺の後ろには、村人数人と綾女さんが居た。




 夕食の時に、綾女さんは立ち上がる。


「マー君は治療部屋で寝かしてるわ。幸い頭の傷は深くなく、出血の量も大した事無かった」


 綾女さんは早見を睨みつける。


「あのさぁ。仕事が出来ないのは百歩譲って許してあげるよ。でも意味なく人を傷つけるのはどうかしてるんじゃない?」


 早見は机を叩き立ち上がる。


「い、意味無くじゃないです! 私はマー君にいきなりキスされて、む、むねも触られたんですよ!? 普通なら怖くて、突き飛ばすぐらいしますって!!」


 うわぁ.......。俺が女性なら、マー君を殴っていたかもしれない。早見の割にはよくぞ耐えたって感じだ。


「マー君はそうゆう子だって分かってるでしょ? 貴方の自衛が緩かっただけじゃない」


「自衛っていいますけどね! 子供とはいえ肥満の男の子で力も強いんですよ。それで後ろから抱きつかれ押し倒されたら、身動き取れなくなる状態になるんです! 退かすには強引に、吹き飛ばすぐらいじゃないと」


 綾女さんは机を叩くと、皿がカタカタと揺れた。


「だから頭が足りないつってんだよ?! 後ろを気にしていたら無かった事でしょ? さっきから見苦しい言い訳はやめてくれないかな。凄い気分が悪いし、今すぐにでも殺したくなるから」


 殺気が漂い、早見は黙り込んでしまう。


「.......村長様はどう判断しますか? あたしはこいつの指を三本落とし、小屋に監禁したいんですが」


「.......三本ではなく、一本にしなさい。わざとでは無いからね。でも仲間を、もしかしたら殺してしまうことになっていたのかもしれない。なら制裁として、一本は落とすべきだとは思うよ」


 村長は穏やかに告げた。


 ........マジかよ。村長は正しい事を言ってるようで、結局は異常な考え方だ。


「分かりました。今回は村長様の意見を尊重し、一本にしようと思います。その後は三日間監禁をし、食べ物は一切与えないようにします」


「それで良いんじゃないかな」


 俺は勢いよく立ち上がる。


「待ってください! 早見の代わりに俺が受けます!!」


 村人達は一瞬騒ついた。


「は? なんで水木君が受けるのよ。まさか好きな子を守りたいから? やめた方が良いよそれ。後悔するだけだから」


「いえ。後悔は絶対しません」


 早見が泣きそうな顔で、こっちを見てくる。


 綾女さんは笑う。


「じゃあ水木君が指を一本落として、早見が三日間食事抜きの監禁にする? それなら良いけど」


 指落としなら、三日間食事抜きの方が良いに決まってる。


 俺は唾を飲み込む。


「や、めてよ。私が罰をうけ.......」


 早見は泣きながら言う。


 .......意を決して、左手を机の上に置く。


「綾女さん。お願いします」


「本気なんだ。少し気に障るけど、嫌いじゃないよ」


 綾女さんはポケットから大型ナイフを取り出し、俺の元に近付く。


「その威勢の良さを汲んで、すぐに終わらせてあげる。早見はちゃんと見てなさい。貴方のせいでこうなったんだから」


「や、やめてください!! 私が罰を受けますから!」


 早見は村人二人に取り押さえられる。


「変な子ね。一本ぐらい、どうってことないじゃない」


 綾女さんは俺の左手首を押さえ、俺の薬指に目掛けてナイフを振りかざそうとした時



「おー? なんか面白そうなこと起きてるじゃん。俺も混ぜてよ」



 突然。夕食の場に理玖さんが現れた。


 ? 手に持ってるものはカメラ?


「........悪趣味ね。カメラで撮ってどうするつもり?」


「別に。コレクションにするだけだよ。それよりもさ、二人の罪を許して欲しいんだけど」


「は? なんで部外者寄りの貴方の望みを聞かないといけない」


「俺を誰だと思ってんのよ綾女ちゃん? アンタがリーダーだろうが、アンタより権力があるのは俺様なんですけどぉ? ねぇ、村長さん」


 村長は目を瞑り黙っている。


「ほら否定しない」


「.......なぜ二人を庇う。貴方には関係ない話でしょ」


「関係なくはないよ。二人は俺の友達なんだ。だから友達を庇うのは当たり前じゃん」


「と、ともだ、ち.......?」


 綾女さんも含め、村人達は唖然とした。

 

 理玖さんは何を考えてるんだ。


「マー君は生きてるんだし、二人は熱心に仕事していたんだろ? ここまでの咎めをする必要は無くねぇ? 誰かさんみたいに盗みをしていないし、意味の分からない暴力をしていないんだからさ。実行する方が、後々面倒になるんじゃないかな」


 綾女さんは俺を見た後、ため息をついた。


「なるほどね。貴方の読みは間違いではないかもしれない」


 綾女さんはナイフを鞘にしまった。


「今回は大目に見てあげるわ。それで理玖は何の為に来たの? これだけを言うために来たんじゃ無いでしょ」


「さすがよく分かってるね。早見美来を一週間借りようと思って来たんだよ」


「えっ! どうゆう事よ!?」


 早見が反応をする。


「そりゃ交流を深めるのも、俺の仕事の内じゃん? 拒否権はないよ」


「何を馬鹿なことを。一人欠けられたら仕事に支障が出てくるのよ」


「そこの件は俺が何とかするよ。ようは効率の悪さが目立っていただけだろ。効率の良いマニュアル本を作成したから、読んで実践してみ。絶対に良くなるから」


 理玖さんは外で生活してるイメージだった。


 本当に、人をよく見ているんだ。


「........早見を連れて行くと、水木君が困るんじゃない?」


 理玖さんは早見に近付く。


「大丈夫だよ。美来には何もしないって、ねぇ? 俺。これでも紳士なんだよ」


 早見の肩をいやらしく触るあたりに信用が出来ない。


 ただ早見の監禁と俺の指切断が免れるのはありがたい話だ。


 が、早見と理玖さんを二人で.......。


「........先輩! 私は大丈夫です。理玖さんと一週間二人ぐらい平気ですよ」

 

 早見は無理に笑う。


 内心怖がってるのに。


「美来もそう言ってるし。てことで俺達は俺の部屋で飯を食いに行くわ。いいよね?」


「........は、はい」


「んじゃ決まり」


 理玖さんは早見の皿を持ち、早見の手を握って立ち去った。


 ........早見に何かしたらタダじゃおかない。ぐらい言った方が良かったのか悩む。もう消えたけど。


「........良いんですか村長様。何度も言いますが。理玖はあまり信用出来ませんよ」


「信用を決めるのは私だよ」


 綾女さんは罰が悪そうにした。




 理玖さんと早見の動向が気になり、仕事の合間や時間があれば二人を探していた。


 朝食、夕食には姿を現さない。勿論仕事もしない。何をしてるかと思いきや、二人で村の外で散歩をしているそう。夜は家にこもる。



 村人によれば。二人は楽しそうに会話をしていたのを見かけたらしい。



 俺の前では姿を現さないよう、いや徹底してるかのようなので、遠くから二人を眺めるしかなかった。


 後。どうやら早見は、俺に話しかけてはいけないと指示されてるらしいので.......。一人きりの早見を見かけても、彼女から逃げるように避けられる。俺が止めようとしても全く。


 なんだか嫌われてるみたいな行動のせいか。不安になり、あまり眠れない日々を過ごしていた。


 

 理玖さんは何がしたい? やはり村人の住民になるように洗脳するつもりか。たった一週間で?


 けど彼は頭が良い。嘘や大袈裟を膨張させ、俺と早見の仲を引き裂くことは可能じゃないか。


 それに女性を手玉にとるのが得意らしいから。あんなに気の強い早見でも堕ちてしまうのかもしれない。


 既に精神が限界に近づいてるから、ちょっと優しくしたらコロッと.......。


 でも。俺には何もできない。何かをしたら綾女さんに殺されるし、早見だって。


  早見が無事で居てくれ。と。ただ、ただ祈るしかなかった。



 

 一週間だけのはずが。何十年の時を過ごしたように長く感じた。



 朝食時に早見が座っているのを見かけた。


 俺は恐る恐る早見に近づき、挨拶をした。すると少しびっくりしていたが、いつもの早見を見せてくれた。


「その.......。大丈夫だったか?」


「あ、ま、まぁ.......ね」


 顔色は悪く無いが、何か隠し事をしてる気がした。


「後で家で話そう」


 俺はそう言い、席についた。


 ........そういえば。早見の頬の赤みがすっかり無くなっていた。湿布とはいえ、かなり痛々しい赤みだった。完治するには速いと思う。


 理玖さんのおかげだろうか?




「本当に何もされてないのか?」


 家の中で真剣に問いただす。


「本当ですよ! 寧ろ優しくされました」


 早見の表情からは恐怖や不安はなく、ケロッとした様子だ。


「.......理玖さんと何をしていたんだ」


「散歩です、かね。散歩しながら村外の植物や動物について詳しく話してくれました。村内に縛られていると、綺麗なものが全く見えないだろ? と言っていましたね。ちょっと意味深ですよね」


「そう、か.......。理玖さんの助けは単なる気紛れなのかな。早見を気に入っていたから、変な事したんじゃないか心配だったんだよ」


「ま、まぁ、お尻触られるぐらいはされましたが、それ以外は特に」


 益々気味が悪い。彼なら早見の全てを奪うと思っていた。


「.......だが早見。実は何か隠してるよな? 俺にも言えない事か」


「いえ。言えないことでは無いんですが、言うとややこしいかもしれないって理玖さんに」


「なんだ? いっ」


 ドアをノックされた。


 俺はドアを開けると、腕組みをした綾女さんが立っていた。


「早見は居る? 話があるのよ」


「居ますけど、彼女に何の話ですか?」


「貴方には用がないのよ。忙しいから入らせてもらうわ」


 綾女さんは強引に室内に入る。


「ご機嫌よう。クレイジーな理玖と一緒に居たわりには結構元気そうね。単刀直入にいうけど、理玖は何をしたの?」


 何をした? 変な質問の仕方だな。


「.......写真を撮っていました」


「何の?」


「動物や植物の」


「本当に? 嘘ついたら殺すよ」


「嘘じゃないです!」


 早見はハッキリ言う。


 綾女さんは俺に視線を向ける。


「貴方からはどう? 早見が嘘をついてないか」


「嘘はついてないと思います。早見は嘘をつくと、挙動不審になるので分かりやすいかと」


「へぇー。でもね、腑に落ちないのよ。理玖が無駄なことをする主義に見えないから」


「それはどうしてですか」


「何も考えてないようで、計算高いところがあるの。村長様は気にしてないけど、あたしはあいつを全く信用出来ない」


 不仲であるとは知っていたが。優秀だからだけで嫌ってるわけではないのか。


「早見からはメスの匂いはしないから、何もされてないだろうなと思うと余計に怪しい。理玖がただの擬似恋人ごっこをしたいだけとかありえない」


 綾女さんは早見を睨む。


「なぜ写真を撮ったか聞いた?」


「なぜかは.......。いつかは滅ぶ村の記録をしたい。思い出作りだよ。と、言っていました」


「思い出作りぃ? お花畑な発想ね」


 綾女さんはパッツンの前髪をかきあげる。


「........いいや。あいつ一人で何をしたって、あたしの方が強いんだし。もちろん貴方達が理玖の味方になったとしてもね。この村で一番強いのはあたしだと、理玖も分かってるはずだから」


 綾女さんは外に出ようとした時。振り返る。


「良い? 抗うことはやめなさい。ルールを守り、従っていれば悪いようにはしないわ。次から二人は、理玖と関わらないでね。一緒居るのを見かけたら。指三本じゃ済まないよ」


 ドアを閉める際に、威嚇するように音を立てて閉めた。


「........綾女さんってほんとやばいですよね。最近特に」


「焦燥感がダダ漏れだな。で、理玖さんとの隠し事の件は」


「隠し事では無いですよ。見せてもきっと分からないと思いますが、とりあえず」


 早見はズボンのポケットから、一枚の白い紙を取り出す。


「村外の安全道らしいですよ。獣や険しい道があるから、回避をするために書いたみたいです」


「何故早見に渡した?」


「俺にはいらない物だからって。水木先輩には理玖さんの意図が分かりますかね?」


「いや全然。こんなのあっても、脱出は不可能だから。最近知ったけど、車もスマホも壊されたらしい」


「じゃあ、気まぐれや遊んでるだけですかね。理玖さんはマジで、人に興味が無いんですよ。毎日つまらないから人を使って遊ぶのが趣味みたいです。人の最後はみんな同じ道を辿り、そして命も何もかも無意味になる。とか、哲学チックな頭が痛くなる話ばかりをしていました。頭の良い人の気持ちはさっぱりですね」


「それならやっぱり意味のない行動なのか。引っかかる部分があるが、彼を知らなさ過ぎて推測出来ない」


「一週間ベッタリ付いた私でも分かりませんでした。でも一つだけ誤解していたのは、彼には鬼畜さが無い。常識人ではないけど非常識にも感じませんでした。でないと私達を助ける意味はないですよね」


 たしかにそうだ。助けるメリットはない。結局は可哀想だから庇ったものだ。


「.......後二週間しかない。それまでに何か脱出法の鍵があれば良いんだけど」





「物質を多くする? 理玖の命令なの」


 仕事の休憩中に、外で綾女さんと女性が話しているのを見た。


 俺は誰かの家の壁に沿って、己の気配を消した。


「このまま行くと、次が保たないらしいです」


「物質を増やすと、あたし達に負担が掛かるんだよね。理玖は何を考えてるのかしら」


「村人の状況を考慮した上で増やすべき、だと.......」


「村長様はなんて?」


「理玖様の考えには否定をしていません。人が増えれば、自ずと物質が増えるのは仕方がないことだと」


「.......屁理屈のような気もするけど。まぁ家畜の育ちも悪いし、今回はそうしよう」


 二人は喋りながら何処かへ行った。


 

 物質を増やす、か。


 

 人がどうこう言っていたが、これが何かのチャンスになるのだろうか?

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