Chapter 040 逃亡中


 さて……。引き渡しはうまくいったが、問題はこれからです。


 借りていた客車付馬車を貸馬車屋に返納し、事前に押さえていた隣の宿屋の部屋で衛兵の変装からチャイチャイは普段通りの商人の出で立ちに戻る。同時に黒影と名付けられた少女フロスは事前に用意していた兎人セットに変装しなおした。着替え中に別の場所で待機していたモンテールが操馬する荷馬車に町長の息子フェルブを早朝に仕入れた麦の入った麻袋の一つに押し込んだ。


 時間との勝負になる。

 本物の護送係には申し訳なかったが、とある場所で眠らせ、猿ぐつわをした上で縛り上げた。でもあまり人目のないところだと、さすがに可哀相なので、探せばすぐ見つかる場所へ置いてきたので、発見されるのも時間の問題だろう。


 北側が海上街道ナミシマへの最短経路となるが、恐らくすぐに足がつくため、反対方向の南側からテンジクを出た。街から出るときは通常、出ていくものに対して門番の衛兵はノーチェックなのだが、もし、既に手が回っていたら……警戒していたが、幸い、まだ門番には連絡は来てないようで問題なく素通りできた。


 なんとか間に合ったようだ。

 昨日のように街の出入り口の各四方を一斉封鎖されたらセカンドプランに移行しなければならなかった。


 街から出てしまえば、こっちのもの。

 まずチャイチャイはスキル〝念話〟が使えるため、荷馬車のかなり後方を徒歩で追いかけるように歩く。これにより移動速度は多少落ちるが、この方が安全である。


 チャイチャイの横を追手らしき者達が通りすぎたら、念話で前方の荷馬車メンバーに連絡を送り、フェルブとフロスを周辺の物陰へ身を潜ませることができるからだ。


 この商国パームは、他国と比べると魔物の出現率は極端に少なく、野盗のような類も滅多に噂にもあがらない。

 万が一、荷馬車がそういった輩に襲われたとしてもフロスはかなりの手練れだし、モンテールも最低限の自衛の手段は心得ている。


 幸いその日は、それらしい追手はこちらの街道には姿をみせなかった。

 不眠街テンジクから南に延びているこの経路はガルーバ岬という西大陸の南に位置する三日月半島の南端に向かう経路で、ガルーバ岬経由でほぼ海岸沿いに海上街道ナミシマと港町プランナというチャイチャイの生まれ育った港町に繋がる道に分岐している。


 ガルーバ岬と呼ばれているが、断崖絶壁からの眺望が絶景であり、そこから少し離れて降りたところに海水浴のできる綺麗な砂浜が拡がっている。

 他国からも観光客が訪れる人気の観光スポットとなっており、宿泊施設や売店が立ち並び、その周りに民家等も張り付いていて、ちょっとした街になっている。


 今は人目にあまり触れたくないため、ガルーバ岬の街中をそそくさと通り抜ける。そしてそのまま港町プランナ向けの街道に出た。


 港町プランナへの街道に入ってしばらくしたところで、モンテールより定時連絡が入る。

 定時以外の連絡内容として、猫人の少女フロスからある提案を受けたとのこと。


 提案内容はフロスのスキル【調教】による動物の使役を行い、テンジクの入口で使役してみせた二羽のワシ「カノア」と「ナル」を後方の上空に配置し、追手を発見次第、鳴き声で教えてもらうという方法で、チャイチャイの後方待機が不要となる提案だった。


 それは助かります。

 チャイチャイはその提案を快諾して、荷馬車に二日ぶりに合流した。

 

「一昨日は、私達を助けて頂き有難うございました。ロクにお礼が言えず申し訳ありませんでした」


 合流してすぐに二人からお礼とお詫びがあったが、気にしないでいいよと軽く声をかけ、これからの方針決定にも関連するため、二人のことを教えてほしいと頼んだ。


 まず、フロスは二年前から海上街道ナミシマに住んでおり、ナミシマでオルズベク皇国向けの護衛を主とした冒険者ギルドに加入しているソロの冒険者で、ナミシマで知り合った同い年のフェルブと仲がよくなったとのこと。

 短剣使いで、先ほどもモンテールの定時連絡にもあったスキル【調教】で動物を使役することができ、他に斥候系のスキルがいくつか使えるそうだ。


 次にナミシマ町長の息子フェルブだが、同年代に比べ、体の線が細く肌が白い。小さい頃は病弱だったらしく、今でもあまり体を動かすことは得意ではないそうだ。詩を嗜み、いつかは吟遊詩人として世界を巡りたいと考えているそうだが、父からは跡を継ぐよう言われていて旅に出るのを強く反対されていたらしい。


 十日程前に不眠街テンジクから町長あてに高層宿泊棟と遊戯場の無料招待券が届き、熱心に父親である町長を説得し、これくらいならと町長が折れ、護衛も兼ねて仲のよい腕利きのフロス同伴でフェルブが行くことを許してくれたそうだ。


 テンジクに着いた二人は遊戯場に入ろうとしたところ、遊戯場入口の警備の男に止められ、招待状を見せると町長とその血縁者のみしか入館できないと告げられた。


 フロスは気を利かし、折角来たのだから社会見学してきたら? とフェルブを説得し、自身は無料券で宿泊している高層宿泊棟で待っていた。だが、夜になってもフェルブが帰ってこないため、遊戯場入口に再び戻ると、フェルブがイカサマ賭博を行い逮捕されたと告げられ、中にも入れてもらえず途方に暮れてしまったそうだ。


 フェルブの方は、遊戯場の中に案内されると招待状の特典として無料分の丸いチップを使い、紙札の遊戯で最初は恐る恐る軽く賭けていた。しかしなぜか、この日は一人だけ幸運に恵まれ大勝ちし、気を良くして徐々に掛ける木札の額が大きくなっていった。


 周りから感嘆の声が漏れ、段々と不思議な自信が湧き出てきた。

 そんな中、支配人と名乗る男性に声を掛けられ、奥のVIPルームに案内された。


 部屋に通されても、そこでもフェルブは怖いくらい大勝ちして、周囲の上客たちも驚いていたらしい。どんどん円形の木札が自分の前に積まれていき、そろそろ帰ろうという素振りを見せたところ、いきなり紙札を配っていた男が、後ろに控えていた別の店の男に捕まり、イカサマを指示したのはフェルブだと指を差され目の前で自供しはじめそうだ……。


 そのままフェルブは捕まり、配布役の男の自供を聞いていた他の上客が証人となり、留置されることになった。自供した男は先にどこかに連れて行かれ、その後すぐにフェルブは遊技場のオーナー「三豪デザン」の屋敷の地下に閉じ込められたそうだった。


 遊技場入口の警備担当に現在、遊技場の主オーナーの屋敷に連れて行かれたことを聞いたフロスは、すぐ衛兵の詰め所にフェルブの無罪を主張しに行ったが、デザンの息が掛かっているのか全く取りあってもらえなかったそうだ……。


 業を煮やしたフロスは実力行使に出たが、デザンの雇った凄腕の暗殺者に返り討ちに遭い、傷つき行倒れているところをチャイチャイに助けられたそうだった。


 さて、どうしようかな? 

 おそらく、海上街道ナミシマの近くで幾重にも検問が張られていると思った方がいいかもしれない。もしかしたら他の街や村にフェルブの手配書が回っているかもしれない……。やっぱり、あの方法で行くしかないかな?


 チャイチャイは、頭の中で整理したことを皆に説明し始めた。














【神の箱庭監視室】


 じぃ──っ。


 次なる子発見!?

 えーとなになに……チャイチャイ君かぁ~。

 今のところ一番大人だね~~。


 この子と更に侍女の子もすごく生活スキルをたくさん持ってるね~。

 ほっといてもたくましく生きていくタイプだね。きっと!


 まあ、日常で平和な生活はこの惑星メラに平和が訪れたときに送ってもらうとして、今は逃亡ルートに悩んでるみたいだけど……。

 羊人の子ならあっち・・・を選択しそうだから、しっかり用意しておこっと!!


『カチャカチャカチャ……』


 はい、出来た!!



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