Chapter 039 護送
うっ……ここは…?
気が付き目を開けると見知らぬ少女が、自分が横たわっているベッドの傍の椅子に腰かけ、座ったまま小さな寝息を立てている。
体は……動く。
「くっ……!」
ゆっくりと体を起こすと、傷ついた脇腹に痛みが走り、呻き声を漏らす。
「……あっ……目が覚めました?」
呻き声に気が付き傍に座っていた少女が目を覚ます。
「無理しないでください。応急処置と回復薬を使用しましたが、気休め程度の効果しかないとチャイチャイ様が先ほど話しておりました」
「あなた……は?」
「申し遅れました。私はモンテールと申します。チャイチャイ様という行商人の侍女をしております」
行商人に侍女? 行商人とは町や村に特定の店舗を構えず露店販売したり、ついでに積み荷運搬を担ったりする者達だ。一人あるいは家族で経営するくらいは聞いたことがあるが、侍女のいる行商なんて聞いたことが無い……。
モンテールと名乗った少女は、薄桜色の長髪にくりっとした大きな目で、真っ赤な大きいリボンで髪を結い留めており紺色を基調とした侍女服を着ているが、少し着ぶくれしていて中に何か着こんでいることが見て取れた。年齢は十二歳前後といったところで、顔にはまだあどけなさが残るが、口調はしっかりしていて大人の女性を相手にしているように感じる。
モンテールの説明では、彼女の主人であるチャイチャイという羊人の獣人族が、路地裏で倒れていた私を見つけ、宿屋へ運び二人で介抱してくれたことや、ワケありだと察して誰にも話してはいないことを教えてくれた。
『コンコンッ……コンコンッ』──ドアを二回ノックし、間隔を空けてあと二回ノックするとモンテ―ルが鍵を外した。入ってきたのは、先ほど話のあった羊人のチャイチャイと思しき人物。四回の変則ノックは彼らの符丁なのだろう。
「こんにちは。目が覚めたようで何よりです……色々と買ってきたのでどうぞこれを……」
渡されたのは、正規の回復薬、付け耳と付け尾、毛染め剤、変色滴眼だった。昨日、プロの暗殺者に襲われた時、フードが取れてしまい外見を晒してしまっている。
付け耳と付け尾は、猫人と兎人の違いが”耳と尻尾”だけが違うため、上から被せてしまうと兎人にしか見えなくなる。毛染め剤は普通に街中で取り扱っているとはいえ、付け耳や付け尾、変色滴眼は入手は大変なはずなんだが……。何から何まで良くしてくれてどうお礼を述べればよいのか……。
「いろいろと有難うございます。私をこの街から逃がしてくださるお
「やるべきこととは“ナミシマ街道”町長の息子さんの不当な勾留の件ということですか?」
「──ッ」
まだ痛む体に鞭打ち、少し離れた服を下げているところまで跳んで傍に置いてあった短剣を取り、身構える。
「申し訳ないです。説明を省きすぎたみたいですね」
チャイチャイが苦笑いして、話かけてくる。
「昨日の夕方、この街の門の前で君を見たときに逃亡する悪人には見えなかったので情報屋から事件に関わるネタを入手してきました」
なぜそこまでと思ったが口にしなかった。なんとなくわかった……この人たちは「お人よし」という人種だ。
構えを解くと力が入らず、体が勝手に崩れた。モンテールが近づき支えてくれたので、ベッドまで肩を借りた。
「続けていいでしょうか?」
チャイチャイはニコニコと笑みを浮かべ、なるべくこちらを刺激しないように優しく説明をしてくれる。
「彼……フェルブ氏の留置ですが……」
チャイチャイの説明ではフェルブが拘留されて三日目。この商国パームでは、各々の町や村で犯罪者を留置はできるものの拘留したり、裁くことはできないらしい。通常は三日以内に留置している街や村から首都ヴェーダに移送を開始しなければならない……と決められているそうだ。
フェルブの奪還まで手伝ってくれるという。何というお人よし……。
「それでは今日、フェルブ様が首都に向かって移送されている途中を狙うということでしょうか?」
「ええ概ねそうです……」
モンテールの質問にチャイチャイは笑顔で答える。
「ただ、途中ではなく
遅いな……。
デザン邸の屋敷の五階から、首都ヴェーダへ護送する衛兵に引き渡すため、デザンの私兵五名に捕らわれている「海上街道ナミシマ」の町長の息子フェルブを見下ろしながらデザンに雇われた暗殺者は呟く。
昨夜、取り逃がしはしたが、俺の蹴りで猫人の小娘の腕の骨と肋骨の何本かをへし折ってやったから、しばらくは動けないだろう。仮にたどり着けたとしても入口を固めている無能なデザンの私兵でも取り押さえられるだろう。
それにしても遅い……何かあったのか?
引き渡し時間になっても一向に姿を見せない衛兵に疑念が生じた。暗殺者は見下ろしていた三階にある窓から踵を返し、下に続く階段に向かう。階段を降り始めたところで下の踊り場から上がってきた男に声を掛けられた。
「なんだ、まだいたのか?」
「……」
デザンの側近の一人……。何かにつけて辺りに威張り散らす気に入らないヤツだ……。
「まあいい、お前の仕事は終わったはずだ……二階で報酬を受け取ってとっとと失せろ」
契約完了であることは聞かされていなかった……おそらくこの目の前の男が俺に言い忘れていたのだろう……。
階段の下の方にいるのに態度が人を見下している。まあコイツの暗殺の依頼を受けたら問答無用で遂行させてもらうが……。俺はプロだ。こいつの愚かな態度程度では動じない。
俺は何も返事をせず、二階へそのまま降っていく。後ろで舌打ちが聞こえたが気にするまい。
二階で今回の報酬を受け取った後、一階の大広間を抜けて外に出ると、もうフェルブは衛兵に引き渡された後で、デザンに直接雇われた私兵どもが屋敷に戻ってくる途中だった。
「あっ旦那っ!どうも。もう契約は終わりですかい?」
「あぁ……それより迎えの者の来るのが遅かったが、何があったのか確認したのか?」
私兵どもは元々、この街の荒くれ者どもだ。その筋の界隈で名の馳せる俺の噂はイヤというほど耳にしているだろう。それなりの態度で接してくる。
「いやぁ……それが旦那、連中ちょっと変わってまして……」
私兵の一人が質問に答える。
「二人で来たんですが一人は小柄なヤツで、もう一人は羊人だったんでさぁ」
ほう。
この街で獣人族の衛兵など見たことが無い……。十中八九、何かある……。
しかし、もう俺には関係の無いことだ。さっき雇用主に「とっとと失せろ」と言われたしな……。
「そうか、まあ
「旦那、お世話になりやした!!」
俺は私兵どもに曖昧に答え、屋敷を後にした。
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