Chapter 038 暗がりのならず者
──不眠街テンジク──
眠らずの街というだけあって、日もすっかり暮れているのに大通りはお店の照明や街灯で明るく照らされ、賑わっている。
そんな大通りをひとりの羊人が喧噪に紛れ、どこかに向かっている。
途中、すっと街の明かりのほとんど届かない道に入り、しばらく進んだ先にひっそりと佇んでいる建物に入った。
酒を提供する店、こじんまりとした空間。入ってすぐ左手に奥に伸びたカウンターがあり、店内には奥に一人だけ客が座っていて、仕切り台を挟んで店主と話をしている。
チャイチャイは、彼らから一個空けた席に座り、店主にあまり強くない酒を注文する。店主が基酒に果汁をしぼり入れる準備をしていると、奥に座っている男へ銀貨を数枚仕切り台に滑らせた。男は何も言わず、それを懐にしまうとボソボソと独り言を漏らす。
海上街道ナミシマの町長の息子が、デザンが経営するカジノで莫大な借金を抱えて、今この街に拘留されているが、それがかなり”きな臭い”らしい……。デザンは父親である町長に海上街道の権利を半分よこせと言っているらしく、町長の息子を助けようと息子の友人が今このテンジクを騒がしている“黒影”の正体という噂があると……。
友人、ねぇ……。
チャイチャイは男の方に更に一枚銀貨を滑らせて、店主から受け取った飲み物を一気に飲み干し勘定すると、店の外に出た。今の情報がある程度、正確なのであれば、ただの物盗りではない。
うん、人を見る目に狂いがなくてよかったです! それにしてもなかなかに腕が立つ子だった。まあ、だからと言って何かできるわけでもないのだけど……。
お店のあったところから大通りの方向ではなく、さらに奥の方に歩きながら、先ほどの情報を頭の中で整理していると、人族より少しだけよく聞こえる耳で背後の声を拾う。
「おっと待ちな! 羊の兄ちゃん、頭おかしいのか?」
下品そうな男の声がチャイチャイを捉える。
「俺たちが店の近くにいたら普通、大通りの方に歩いていくよな? まあ俺たちには都合がいいがな!」
チャイチャイは三人組の下品そうな連中に囲まれた。
「いえ……アナタ方が私に用がありそうでしたので」
「おお、そうか! 話が分かるヤツで助かるよ! じゃあ有り金全部おいていきな!」
「有り金すべてはさすがに困りますね。銀貨二・三枚で手を打ってくれないですか?」
「馬鹿かお前? とっとと全部出さないと痛い目に遭わせて身ぐるみも全部剥いじまうぞ?」
「それは残念です。交渉決裂ということで……」
チャイチャイは、すでに得物を持って構えている三人組のうち、通路の奥に回り込んだ一人に無造作に近づく。
「てってめぇ」
懐に入られた男は手に持っているナイフで切りつけようとしたが、視界がぐるんっと回転し、いつの間にか床に仰向けに転がっていた。背中から落ちたはずなのに背中に痛みはない。
転がされた男が起き上がり振り返ると、他の二人も次々と不思議な技で宙を舞い床に転がっていく。よくみると転がすときに最後に手を背中にあてて、衝撃を直接受けないように手加減しているのが見えた。
──こりゃダメだ!
「どうですか? この辺でやめておいた方がいいと思いますが?」
「くそっ覚えてろぉ」
捨てゼリフをはき、男たちは脇道の奥の方へ消えていった。
「やれやれ、銀貨二・三枚で手を打ってくれたらよかったのに……」
チャイチャイはそう呟きながら来た道を引き返し、大通りの方向に歩き始めたが、すぐに遠くの方で異変が起きていることに気づく。
何やら街中が騒がしい……。もう少しで先ほどのお店の近くというところで前方の壁の隅の少し入り組んだところに誰か屈んでうずくまっているのが見えてきた。
そのまま通り過ぎようとしたが、横切る直前に蹲っている人物の近くで血痕を見つけた……。
★
「チャイチャイ様……それでどうなさるおつもりですか?」
「うーん、どうしましょうか?」
モンテールはチャイチャイが担いで連れてきた獣人族の猫人の少女を見て、溜息をつく。多分、今日夕方にこの不眠街の入口前ですれ違った“黒影”と呼ばれているお尋ねものと同一人物と思われるからだ。
チャイチャイ様は自由気ままな方だ。大変立派な商家で生まれ育ち、才能にも恵まれ、家族も優しく、何不自由なく育てられた。兄からお前の方がこの家の家督を継ぐ方がこの家のためだ。と言ってくれたのに自分は自由気ままに生きてみたいと私だけを連れて家を出た。
私は、戦争孤児で六年前に奴隷商に売られて街中で奴隷商に鞭で叩かれていたのを見て、チャイチャイ様が親におねだりをして、私を買ってくれたのだ。そのあと、ずっとチャイチャイ様の身の周りの世話をしているが、親におねだりをしたのは、この六年間で私を買うことを引かなかった時以外、一度も見たことがない。
チャイチャイ様は、暇を見つけては私に読み書きや算術の他、商売に必要なことや戦闘になった時に最低限必要な護身術など様々なことを教えてくれた。今では、色々とできるようになったのはすべてチャイチャイ様のお陰……。考えてみると、六年前から私を連れてどこかに行こうと考えていたのかもしれない。
私はチャイチャイ様の手であり足……あの方が望むことならなんだってする。目の前のベッドでまだ意識を失っている猫人の少女を助けたいというならば、どうするかを考えるだけ……。
医術にも明るいチャイチャイ様は応急処置のうえ、自身のスキル【調薬】で作った回復薬で傷口を概ね塞ぎ、大怪我していた猫人の少女は回復に向かっている。
小柄な彼女は、もっと小柄な私の服があるから服は何とかなる。それからチャイチャイ様と私は交替しながら、朝まで看病を行った。
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