チャイチャイ編

Chapter 037 眠らずの街

 

「……イ様、チャイチャイ様」


 ……ん?


「起きてください!! 街が見えましたよ」


 んー、よく寝ました……。

 えー。


 そうでした。


 商国パームの首都ヴェーダから出て、砂漠の真ん中にある都市「不眠街テンジク」に向かっていたんでした。寝ぼけ眼をこすり、大きなあくびとともに両手いっぱいに広げ伸びをする。


「モンテール、有難う……操縦を代わりますか?」

「いえ、それには及びません。それよりあれを見てください」


 モンテールと呼ばれた少女が前方の街の門の出入口を指差す。見ると門の前では、かなり行商人や通行人が長蛇の列を作っている。何度も足を運んでいる街だが、こんなに入口で並んでいるのは初めて見た。


「うーん、なんでしょうね?」

「さぁ……私にはわかりかねます」

「まぁ、どうせいずれ分かるでしょう」


 しばらく進み、列の最後尾に到着したので、モンテールに荷馬車を任せて前の方に歩いて行き、長蛇の列の理由を聞いてみた。


 話を聞いたところによると、元々この町は高い壁に囲まれていて、出入り口は東西南北の4か所のみで、ここ以外の三か所が閉まっているため、大行列が起きているそうだ。その理由を尋ねても、皆、首を横に振る。皆よく分からないという現状らしい。


 自分の荷馬車に戻って、モンテールに長くなりそうだから簡単な食事でも摂ろうと話をし、二人で御者席の上で薄く切ったパンに野菜や干し肉を挟み、上にもう一度パンを重ね挟み込んだものを頬張りながら、少しずつしか進まない列を眺めていた。


 結構時間が経ったがあれからさほど進んでいない。モンテールは荷台の方に休ませ御者席でひとり、ぼーっとしていると、街の中がやけに騒がしくなり、入口のところを見ると黒い影が、素早く入口を通り抜け出てきた。


「外に逃げたぞ! 追えー!」

「誰かソイツを捕まえたやつには、デザン様が褒美を出すぞ!!」


 へぇ……賞金を首に懸けられたということは、犯罪者でしょうか?

 逃げている黒い影は、割と小柄で列に並んでいた人達は“褒美”という言葉につられて、なんとか捕まえようとするが、恐ろしくすばしっこい!! 


 これは素人では無理ですね……。

 そんなことを考えていると最後尾でぼーっと見ていた自分とすれ違い様、フードで顔がほとんど隠れているものの、こちらにちらっと視線を送った時に目が合った。


 女の子……。ふむ、いったい何をしたのでしょう?


「チャイチャイ様、よろしかったのですか?」


 横になっていたモンテールがいつの間にか目を覚ましてチャイチャイに声を掛ける。


「捕まえたら……褒美が出るそうですが……」

「んー。いえ、別にいいです……」


 荷台の方から御者席に足を掛けているこちらに来ようとしているモンテールに手を貸しながら返事をする。


「衛兵たちから逃げてるからといって、必ず悪い人とも限らないですしね」


 そう、不眠街テンジクは街の運営自体もあまり真っ当とは言い難い。首都ヴェーダから派遣されている役人たちはこの街をお金でコントロールしている金持ち達に媚びを売り、お零れに預かり私腹を肥やす……賄賂なんて税金の一部のように取り扱われていると聞く。そんな街で追われているからといって悪人とは限らないのでは? とチャイチャイは考えた。


 先ほどの少女はそのまま一陣の風の如く遠ざかっていく。黒いフードの少女は笛を取り出し、笛を吹く動作をするが音は聞こえない。すると大きな鳥が二羽、真後ろから飛んできた。


 あまりにも近くで起きた異変だったので、だった。


 大きな鳥のあしゆびをみると、両方とも鉄の輪っかを掴んでおり、その間にロープが張られている。向こうを見て走っているはずなのに背中に目でもついているかのようにタイミングよく跳躍し、ロープの部分を掴み、飛行した状態でそのまま、砂漠の地平線へと消えていった。


 お見事。鮮やかな脱出劇でしたね~。

 テンジクの街から、後を追うように“ハロウ”と呼ばれる、二本足の大きな鳥にまたがって騎兵が五騎、自分たちの横を通り過ぎ追いかけていった。


 まあ、あの速度差なら追いつけないでしょう……。

 どうやら長蛇の列の原因は、先ほど逃亡した黒い頭巾フードを被った少女を街から逃がさないように四か所ある門の一か所だけ開き、街中を捜索していたそうだ。だが、結局は逃げられてしまったので、入口側では門番たちが大きな声で他の入口も今から開けるので、後列のものは他の入口にも回るよう触れまわっている。


「いかがいたします?」

「特に急いでないので、このままここの入口に並ぶとしましょう」


 モンテールに聞かれ、ここの入口の門番なら多少情報が得られるかもしれないので、そのままこの入口から入るべく現状のまま列に並んでおくことにした。


 前の方が、別の入口に向かうため列から離れ、横に抜けていくのでここの入口の列はどんどん短くなってゆく。多少時間は掛かったものの、入口の門番のところに自分達の順番が回ってきた。


「よお! 行商人で当たってるかい?」


 思っていたより、物腰がやわらかそうな門番の青年が担当だった。これはラッキーです。


「はい、見ての通り、行商でこちらが商人ギルドからの“発行証”と行商「羊の行進バー・パレード」の“商標”です」


 門番の青年にモンテールが必要なものを提示していく。


「……よし、確認オッケー、もう通っていいよ」

「ちょっと聞いても大丈夫ですか?」


「あぁ構わないよ、あれだろ、さっきの騒ぎのこと……なんかデザン様の屋敷に入って何度も盗みを働いたとかで、もうデザン様がカンカンになって、あの始末さ……」


 チャイチャイが質問すると、もう何度も同じことを訊かれてすっかり慣れたのか門番の青年はスラスラと返事をする。


 ちなみにデザンというのは、この不眠街テンジク三豪のひとりで、遊戯場を取り仕切っている商国パームの中でもトップクラスの大富豪で知れ渡っているが、良くない噂も耳にする人物。


 他の二人は、商業施設を中心に事業を展開し、特に他の国にも幅広く支店を持っていることでも有名な持ち帰り専門店“ヌーン”のオーナーカネル氏。


 もうひとりが、宿泊業で国内のシェアをほぼ独占しているハロルド氏で、商国パームでは、個人経営の宿屋がほぼないに等しい。


 まぁどちらにせよ、こういった大富豪の人たちに関わるとロクなことが起きなさそうなので、近づかないに越したことはないね。


 門をくぐり、さっそく、今回の積み荷を依頼先に届けた後、一泊して翌朝、首都ヴェーダに出発するため、食料等必要な買い物を済ませ、早々に宿をとる。


 小国パームの宿屋は他国と違い、宿屋と酒場が兼用しているところはなく、一階は受付と休憩兼待合室、食堂でおおかた構成されており、モンテールと二人、食堂で夕食を済ませる。


「ちょっと出てきますので、先に寝ててください」

「明日は早いですからあまり遅くならないでくださいねーー」

「はい、お休みなさい」


 モンテールにそう告げ、ふらっと夜の街に繰り出した。




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