Chapter 010 しるし


 激しい金属音と床を激しく叩く音が広間に響き渡る。

 鋭く射抜かれてくる斧槍の側面を叩き、斜線を逸らす。

 身体すれすれに通り過ぎていく斧槍の鉤爪がミズナの袖なしの上着の肩口を削ぎ取っていく。

 全身の血が滾り、身体中から汗が湧き出る。

 手に持っているミズナ達の槍は、先端に刃先がついている刺突が主な槍なのに対し、守護者が持つ斧槍は、突き、斧での横薙ぎ、鉤爪側でのひっかきと多彩な攻撃を見せてくる。

 序盤に数撃目で来た横薙ぎの攻撃を逸らそうと受けたところ、激しい火花と鈍い衝撃のあと、右腕が痺れて動きが鈍くなってしまった。

 だが、トルケルがその分、こちらに少し詰めて降り注いでくる猛攻の手を緩めてくれたお陰で受けずに回避に集中することができた。


 左右に展開した二人は、距離を少し取っており、四本の腕の動きを見ながら隙が出来た時だけ突きの動作を繰り返し、怪物の注意を左右に逸らし、前面のトルケルとミズナを支援している。

 ミズナは、強張って、緊張で縛りつけられた身体を、身を震わせて振りほどき、呼吸を大きく吸い込み、整え、暴れて言うことを聞いてくれない荒くなった息を無理やり抑えつけていく。

 トルケルは、守護者の放ってくる攻撃を自分の槍で、その全てをいなしつつ、自分の射程範囲内に入ってきた腕の部分に浅い傷を増やし続け守護者の腕からは多くの黒色の血が流れ始めている。

 ミズナもけん制を織り交ぜながら、回避と守護者の意識を分散させることに専念している。


 しばらく拮抗していた状態から徐々に守護者の動きが鈍くなり、その分こちらの攻勢が少しずつ厚みを増してくる。


 偶然だった。


 トルケルが打ち下ろし気味の斧槍を頭上すれすれで捌いた瞬間、甲高い金属音とともに火花が走りそれがトルケルの視野をほんの僅かに奪い去る。

 守護者はその一瞬のトルケルの隙を見逃さなかった。

 後方に素早く飛び退き四本の斧槍を振り下ろし床に叩きつける。

 その衝撃で砕けた床の大量の破片が辺りに飛び散り、所構わず飛礫つぶてとなってミズナ達を襲う。


 その一瞬の空白ギャップ


 ザシュッ!──


 脅威と見なしたのか、トルケルに向かって距離を縮めた守護者の斧槍の一本がトルケルの左腕を肘から先を奪っていた。

 しかし、トルケルもまたカウンター気味に守護者の片足に深々と右手に持った槍を突き刺し捻じっており、守護者が大きく膝をつくが、それでも守護者は目の前のトルケルを執拗に襲う。トルケルも槍を引き抜き応戦するも片手ではすべてを受け流せず、瞬く間に身体中が擦過し血煙が吹き上がる。


「先に行けぇぇ!!」


 片膝をついている守護者は確かに離れてしまえばもう容易に追いついては来れないだろう… だが、トルケルの自己犠牲わがままなんかに耳を貸すつもりはない。


 ミズナ含め三人で守護者に接近し槍を叩きこみ、トルケルから守護者を剥がそうとするが、残りの三本の斧槍に受け止め阻まれてしまう。その間にもますますトルケルの身体を斧槍が削り取っていく。


(嫌、ダメ……)

(このままじゃトルケルが……そんなの私、耐えられないっ!!!!!)


「───ッッ!!」


 どれだけ技輌わざを駆使し、身体を軋ませありったけの力を槍先に注いでも目の前にある障害──斧槍を崩すことができない。


(こんなところで失うわけにはいかない……いつも私を傍で支えてくれるこの人トルケルを……)


 しかし、接近して無理な圧力をかけ続けた反動で他の二人は傷ついた分、動きが段々と鈍くなってきていて、他の斧槍の動きが少しずつトルケルに向き始める。


(守らなきゃ……今……私にできること……)


 ミズナの中で、ある一つの〝覚悟・・〟を決めた瞬間、彼女の右手の甲が急に光を帯び輝き始めた。









 トルケルは、目の前の守護者の猛攻を奇跡的に受け続けていた。

 次の一撃で絶命してしまうかもしれない……。

 でも、もし自分が斃れたらこの娘ミズナはどうする?


 あまりにも急速に近づき訪れつつある死を必死に拒み続ける。


 どうして、この娘は言うことを聞いてくれないんだ? 

 いつまでもそこに残ると、次におまえが命を落とすだろ? 

 俺のことなんてさっさと捨て置いて撤退するのがセオリーだ……。

 オーレンで一番戦略に長けたミズナなら分かるだろ? 


 分かれよっ!! 

 そんなんじゃ……俺を簡単に死神に渡せなくなるだろ!?


 力を限界以上にふり絞り……ふり絞る。

 しかしそれも長くは続かなかった。


「──ッ!」


 意識を失う間際にトルケルの目には、右手の甲が輝くミズナが映った。




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