Chapter 008 不思議な生き物



『シィィッッ!! ザシュッ!』


 袈裟切りから切り返し、地面の際から再び槍の横刃が、人蛙──パックマントードの足を薙ぎ払い難なくそれを刈り取る。


 ミズナが眼前の魔物を仕留めて、すぐ隣の魔物に一瞬で近づくと延ばしてきた舌をフェイントを入れて躱し、槍先を頭部へ、胸部へと二連撃のもと突き放ちたおす。


 前方では、トルケルがパックマントードに十体近くに群がられ相手しているが、その数をどんどん数を減らしている。


 ミズナよりやや下がった位置に三角を描くように、他の二人が立ち、連携して各々の死角をサポートするように展開して応戦している。


 パックマントードは絶命すると、黒い塵になって消え失せ、丸く透明な小さな石が床に落ちて転がる。


 現在、ミズナ達潜水調査班は海中の謎の建造物内の大きな広間でパックマントードに襲われ戦闘中だが、それもさほど時間は要さないだろう。


 入口から繋がる長い直線の先にあったこの大広間。奥行きより左右に拡がっていて壁面は黄金と硝子で装飾された白色の煌びやかな壁で彩られ、天井面には広間の半分はあろうかという大きさで天使と民衆が描かれた天井画が見下ろしている。


 壁面と天井面の繋ぎの部分は曖昧で、複雑な曲線で縁取られている。


 先ほど入口から無機質な長い廊下で繋がったこの大広間は、伝え聞く人族の君主が住まう城のような造りだとミズナは感じた。


 それにしても異様だ……。


 大広間に入ってパックマントードと戦闘が始まり、しばらくして気がついたが、戦闘中に倒した敵の数と床に転がっている透明で小さな丸い石の数が全く合わない。──「転がっている石の方が圧倒的に多い」のだ。


 自分達より先に中に侵入した何者かが倒したのか、魔物同士が戦ったのか、あるいは別の要因で石となったのか……。



 ミズナの後方で戦っていた一人が、最後のパックマントードにとどめを刺した頃には、トルケルが大広間の左側の通路の前まで移動しておりその先の廊下の様子を覗っており、その反対右側の通路をミズナがもう一人の隊員と一緒に戦っている隊員の近くで注意深く警戒していた。


「こっちだ……」


 左側の通路の前にいたトルケルが、ミズナ達に声を掛ける。

 床面に転がっている石の数は明らかに反対の右側に多く散らばっている。


 トルケルは昔から勘が良く働く。 


 迷子の子猫探しが得意だったり、一緒に歩いている時、ふいに立ち止まったかと思うと両手を前に突き出し、建物の二階から小さい子が落としてしまった手毬を直接手に吸い寄せられるように捕ってみせたり……。


 一緒に討伐依頼を受けたときは海の中で魔物が海底の岩陰に潜んでいても誰よりもすぐに発見したり、と思い当たる節が他にも沢山ある。


 ミズナは、他の二人に合図を送り、トルケルが指し示した左側の通路へと足を向けた。


 通路の先は、途中で分岐したり途中、階段で上がったりしていくうちに通路の脇の扉を見つけた。


 二人の隊員のうちの一人が【罠探知】を使うと、特にトラップがなく、施錠されていない扉を開くとさほど大きくない部屋の中央に見たことのない素材の茶色の箱が一つ置かれている。


 槍の先を箱に押し当ててみる。

 すると、あまり力を加えなくても貫通してしまいそうなくらい柔らかく、やや紙の性質に近いと感じるが紙よりは厚さや感触が少し異なる。


 箱の上面には、透明な帯状の膜のようなものが両開きの蓋の上に貼られており、おそらくこの膜のようなもので蓋が開かないように貼り付けているように見える。


 先ほどと同じく【罠感知】で罠が仕掛けられていないことを確認したうえで、隊員のひとりが慎重に透明の膜を剥がしていく。


 箱の上蓋を開くと、白く淡い発光とともに掌に収まるくらいの小犬のような生き物が箱からゆっくりと浮き上がってきた。


 その様子を少し下がって観察していたミズナに向かって、トルケルが「大丈夫そうだ……」と声を掛けてきた。


 トルケルの言葉に緊張を解いたミズナに向かって、尻尾を振り、フワフワと少し上下に揺れながらミズナの頭の上に乗ってきた。


 愛くるしい姿かたちをしており、そのまま、ちょこんと彼女の頭の上で横になってすぐに小さな寝息を立て始める。


 動くと振り落ちてしまわないか心配だったが、恐る恐る動いてみると頭にしがみついたように頭上から微動だにしない。少し身体を横に反らしてもずれ落ちたりしなかった。


「トルケル、なんだろう、この子?」


「さぁな……」


 トルケルに聞いたのも野暮だが、他の隊員も皆目見当もつかないとの返事だった。


 無害にしか見えないし、ここに置いていくのは可哀相、とミズナは自身に言い聞かせこの不思議な生き物を連れて行くことを決めた。

 潜水調査班は部屋を出て、通ってきた廊下の反対方向に進み始めた。


 







 あの箱ってどう見ても段ボールだよね? 

 え? なに……どゆこと?

 あと、あの生き物モフモフしててカワイイ~! 

 メッチャなでなでしたい♪


 自席のモニターにミズナ達を映して、女神はお菓子と紅茶を準備してすっかり観戦モードで映像を凝視している。


 いやー、懐かしいなぁ~。

 私も天界の実家でペットの狐の子と雛鳥を飼ってるんだよなぁ。

 そいや最近帰ってないな~実家……。

 んーそういえばこのモフモフの子、なんかウチの子達と似てるけど……どういうことだ? 


 確か宮殿を包んでた「黒い函」って二百数十年前にもうあったって天使ちゃん達言ってなかったっけ?


 んー? さっぱりわからん。

 とりあえず海人族の娘、頑張れ! 

 私は君を全力で応援してるよ。


 ミズナを写しているモニターに親指を立て、ウインクする女神だが、周囲の天使達はもう彼女の多少の奇行はもう気にも留めていない。


 あっ、夕飯の時間だ!! 

 録画しといて後で観るとしよう。


 操作盤で録画の設定を行い決定ボタンを押すときに口癖となっているあの言葉をつぶやきながらボタンを押した後、サクヤは夕餉ゆうげのために私邸に一時帰宅することとした。




 ───【魔物設定】───


 人蛙(パックマントード)

 スキル 皮膚毒(弱)、丸呑、跳躍

 体高一.五メートル程度の緑色の二足歩行の大型のカエルで、リーチはさほど長くなく、獲物を丸呑みしようと舌を延ばしてくる。一〇メートル程度の跳躍力がある。

 戦闘などで興奮すると身体中から汗のように皮膚毒が分泌されるため、素手等で戦うと毒の影響を受ける。

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