海人族ミズナ編

Chapter 006 調査開始!



 普段、割と穏やかな海域のはずなのに目の前の海は、荒れて猛々しい高波がうねりとなって、緩慢とではあるが船を大きく揺らしてくる。


 船首側の甲板に一人の海人族の少女が揺れに動じず、前方の荒れた海の壁のような波の切れ間を縫うように遠方を見据えている。


「ミズナ、あと、一キロメートルで目的の場所に到着するわよ」


 後ろから声が掛かった。船首側に立っていた少女が振り返ると、二十代半ばに見える同じく海人族の女性が覚束ない足取りで、壁に手をやりながら近づいてくるところだった。


「マリさん、有難う、分かったから危ないので中に入ってて、私が前を見てるから大丈夫」


 後方の女性に返事をして、ミズナと呼ばれた少女は再び船の前方に視線を戻す。


 しばらく船が進むと、あれほど時化ていた海が嘘のように凪いだ穏やかな海に様相を一変させる。


 しかし、その前方では黒い大きな無数の渦潮が発生しており、これ以上は船を前に進めることができない。


 ミズナは踵を返し、船のやや後方に位置する船橋に足を向ける。


 中に入ると数人集まっており、話し合いをしているところだった。そのうちの一人、先ほどマリと呼ばれた女性が入ってきたミズナに気が付き、声をかけてくる。


「もう黒い渦潮は肉眼で見えた? 私の音波探査のスキルでは渦潮直下、約百メートルの位置に何か建造物の屋根のようなものがあって、そこからさらに下にかなり大きな建造物のようなものが反応しているわ」


「マリさん、入口のようなものは確認できる?」


「ちょっと待ってね、……オーケー! 確認できたわ……この船から面舵三十度、距離約百五十メートル、水深約二百メートルのところに入口のようなものが反応・確認できたわ!!」


「了解、他に何か音波探知で気になる点はあった?」


「うーん、そうねぇ……さっき通り過ぎた荒れた海域を抜けた辺りから魔物は探知に掛かるけど、他の普通の魚とかの魚影が一切、確認できないことくらいかしら?」


 マリの話を聞き、ミズナは集まっていた中の一人に海水の採取を依頼する。

 採取してもらった海水を確認したところ、特に有毒な成分は検出されなかった。


「これから直接、潜って入口の確認と中に入れるようならそのまま、内部の捜索に入りたいと思います」


 ミズナの提案に、それまでずっと口を閉じ後方に控えていた他の人よりも頭二つ近く抜き出た長身の男が言葉を発した。


「……ミズナ、危ないからお前は船に残れ……」


「駄目よ、トルケル、だって私が今回の調査隊の責任者なんだもの……、現場の指揮を執らないといけないわ」


 トルケルと呼ばれた長身痩躯の男は、錆色の長髪、前髪で片方の目しか見えないくらい顔を覆っており、そこから覗かせる瞳は三白眼で一見、冷酷な印象を与えるような風貌をしている。


 その目がミズナを見据えたが、ミズナの返事とともに、強い意志の宿る瞳を見て、目を閉じ観念した顔で溜息をつく。


 その後、ミズナは、海底の謎の建造物と思しきものの潜水調査隊として自分をリーダー、トルケルの他に潜水・戦闘・調査の手練れを二名選んだ。船側は音波探知の他に念話が使える通信担当のマリ、操舵士の他、三名がバックアップ要員として待機することになった。

 潜水調査隊は全員、槍とナイフを装備し、潜水に適した摩擦抵抗の少ない身体に密着した黒い上着とズボンといった出で立ちに着替えた。


「マリさん、皆さん、それでは行ってきます。通信とサポートお願いします」

「ミズナ!くれぐれも無理しないでね。トルケル、ミズナをお願いね!!」

「……」


 ミズナは船待機組に挨拶をすると、潜水調査班として真っ先に海の中へ飛び込む。

 他の三人もミズナの後を追い次々と着水し、ミズナを先頭に謎の建造物入口を目指して潜行を始める。


 途中、中型のシーサーペントに遭遇・接敵したが、ミズナとトルケルの初撃の連携であっという間に倒した。海人族は海中では大幅なステータス上昇の恩恵を受けるうえ、船団の中でも指折りの実力を誇る二人にとっては取るに足らない魔物だった。


 先に進むにつれて、黒い渦の影響か辺りが薄暗くなり、大分視界が悪くなってきたがしばらく進むと目的の入口が見えてきた。


 ミズナは、ハンドサインで他の三名に前進の合図を送りつつ、船の上にいるマリが繋いでくれている念話で入口を見つけた旨の連絡を行った。


 近づくと入口は、両開きの扉が外に開いていて、中はほんのり明るい、扉の沓摺くつずりの部分で外の海水の侵入を遮断されてるように見えたので、槍の先で確認するとやはり中には、地上と同じように空気があった。


 ミズナを片手で制して、無理に割り込む形でトルケルが先に入った。ミズナや他の二人もそれに続く。扉の内側に入ったところでマリより念話が入る。


(今、中に入った? 少し念話の波長が乱れたみたいだから……、十分気をつけてね)


 ミズナは念話でマリに返事を行いながら建造物の中を注意深く観察し始める。

 扉の先は、先が見通せないほどの長い直線の廊下が続いており、四人並んでも余裕で歩ける幅がある。


 壁も床も金属でできているのか若干、光沢があり壁の左右に膝下の位置くらいのところにうっすらと灯った白色の光源があるが、火を灯しているようには見えない。


「このまま先に進みます!」


 ミズナがそう宣言するとトルケルがまた前に出て先頭を歩く形で、四人は建造物の中の探索に乗り出した。





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