第40話 『百奏』賢者シロワ・ランドール


「ふむ、犯人が誰なのかわかった」

「アンタは誰なのよ?」

「ワシか? ワシはシロワ・D・ランドール。探偵をやっているものじゃ」

「なっ……〝慧聖〟〝神代の探求者〟〝百奏〟の賢者シロワ?」


 おじいちゃんの発言に店主の奥さんが反応した。あまりのビッグネームに店員の大男が呻くように二つ名をつぶやく。


 おじいちゃんは、ただのおじいちゃんじゃなかった。ボクも知っている。48年前に悪魔たちが大陸を海の中に沈めようとした〝沈没大陸〟ア・ノイゼ・プジョ計画を阻止したといわれる五人の英雄のひとり。


「そうじゃが、最近は探偵業をやっている」



 ここよりずっと東方の地にある島に自分の塔を立てて、隠棲していると聞いていたが、まさかこんなところにいるなんて。


「それで、お爺さん、犯人は誰なの?」


 胸の大き……じゃなくて活発な女性店員が、賢者だと理解したはずなのにただの年寄り扱いして訊ねる。


「ふむ、ずばり……おぬしが犯人じゃ」


 ビシっと指差したのは、3階にひとりでいた店長の奥さん。第一発見者でもある彼女は、この中でたしかに真っ先に疑われておかしくない人物──


「まっ! なにを言ってるの、私なワケないでしょ⁉」

「おぬし以外は、皆、1階におったのじゃ。おぬししかおらん」

「ふっふざけないでよ。私がこれ・・を持てると思うの?」


 店長の奥さんが指差したのは、血を流して死んでいる店長の横に転がっている巨大な斧……。


「これは、刃身はダマスカス鋼、刃先は最硬金剛石アダマンタイトでできてるから私なんかが振り回せるものじゃないわッ」


 賢者シロワが、巨大な斧に近づいて持ち上げると、「ふむ、たしかにこれは並の人間では振り回せるものじゃないな。ならばッ」


 次に指差したのは、1階の倉庫にいた大男の店員……たしかに彼なら大斧を振り回せるかもしれない。それに動機も十分。毎日、必要以上に叱られていたら、殺意ぐらい湧いても不思議ではない。


「あの……私、いつまでここにいたらいいですか?」


 ボク達のあとに2階に上がってきた男性のお客さん……怪我をしたのか包帯をぐるぐる巻きにした右手をかばい左手で頬をかく。


「ふむ、悪いことをしたの……今から魔法を解除してやろう」


<猿トピ佐スケ>

ぬし、時間を停めて欲しいでござる


(ん? ああ)


────────────────────

 Pause

────────────────────


(で、なに?)


<猿トピ佐スケ>

:おかしいのでござる

<ムフフ99【司会者】>

:おかしいとは?


 神プレイヤにより、ウインドウが開かれ、すべての時間が止まったなかで神たちの会話が交わされていく。


<猿トピ佐スケ>

:その客の男、アリバイが成・・・・・・立していない・・・・・・のでござる


(あれ? でもさっき1階から来たって言ってたぞ?)


<猿トピ佐スケ>

:本人が証言しているだけで、この場の誰も彼が1階から上がってくるのを目撃していないでござるよ


 そう言われたら、そうかもしれない。


<猿トピ佐スケ>

:時間が動き出したら、セル殿にやってもらいたいことがあるでござる

















「じゃ解除したから、帰るがよい」

「待ってください!」

「なんじゃ?」


 店の窓や出入り口から外に出られないように閉ざしてあった魔法が解除され、賢者シロワが男に帰宅を促していたがボクがあわてて止めた。


「まだ確認しないといけないことがあります」


 ボクはそう言い、お客である男性に近づく。


「ちょっとなんだ君は?」


 ボクが近づくと、客の男はカラダをずらした。ホントだ。神の言う通りになった。次は……。


「その左手はどうしたんですか?」


 包帯でグルグル巻きになっている左手を指差す。神にそうしろと指示を受けていた。


「これは昨日、思いきりヤケドしたんだ。それがなにか?」


 神が予想したパターンBの答え。ということは……。


 遠慮をするな、と神プレイヤからも強く言われていたので、ヒュンっと近くの棚にあった手斧を男に投げた。万が一、間違えていたらマズイので、顔を狙えと言われたが、肩口に変更した。


 すると男は激しいヤケドをしていたはずの左手で易々と、至近距離で投げられた手斧をキャッチした。


 ちなみにパターンAは、職業は冒険者や兵士で左手を保護していると答えるパターン。その場合は、包帯を外すよう迫れと指示されていた。


 最初にボクが近づいたのは、男の斜め右側に立った。ふつう彼が怪我やヤケドを負っているなら左手の方は、ボクから遠ざけるはずなのにわざわざカラダをズラしてまで、左手側をボクの方に差し出してきた。人間は本能的に弱い部分を信用できない相手から遠ざける心理が働くはずなのに、だ。


 この行動で神「猿トピ佐スケ」の言ったとおり限りなく〝クロ〟になったので、手斧を投げて最終確認を行うことになった。


「ちっ」


 舌打ちした男が、手斧をボクに投げ返し、ボクがそれを避けている間に試着室のそばに落ちている大斧を屈むことなく左腕を伸ばして拾う。


 腕に絡みついた木の枝が大斧を振り上げ、ボクらを襲おうとしたが、賢者シロワが指をパチンと鳴らすと、今までグニャグニャと蠢いていた木の枝がぴたりと動きを止めた。男が止まってしまった左腕を見上げている間にボクの痛烈な体当たりを受けて、試着室奥にある鏡に吹き飛び、割れた鏡といっしょに床に倒れ伏した。


「民草で流行っている木精テ・コン呪術か」


 木精呪術は、魔法の真理をまったく知らないものでも深い恨みを抱いたものであれば可能になる操精術だと言われ、木精のなかでも、自らの意思が薄弱な小精霊を無理やり呪具を使って体内に取り込む外道の術として巷で知られている。





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