第35話 使徒のニオイ
12年前のあの日、ラウルさんは尖塔の扉の前で、前王妃と父マルコの戦いを目撃した。マルコ・モティックが命がけで倒したのは魔人。あの冥府の女神ミープルの現世での手先であり、前王妃は魔人と手を組み、尖塔に眠っているはずのラウルさんとその母……元王妃を亡き者にしようと企てたそうだ。
ラウルさんは12年前のあの日、魔人とマルコが交わした会話の内容でそのことを知り、母に真相を告げ、国王にも報告した。だが、王族が事件を起こしたとあっては、国の権威に関わると、一部のものを除いて真相を語ることを禁じられたそうだ。
そして今年に入り、ラウルさんに魔人のひとりが接触してきた。その理由は彼ら魔人へ兄ベレムと姉サラサのふたありが、ロゼ王女、ラウルさんとその母、そして国王ペイジェルマン13世の4人を抹殺するよう依頼してきたから……。
魔人たちは12年前に魔人の仲間をひとり失うという痛手を受けたのに、前王妃側が追加報酬を断ったのが気に入らなかったそうだ。追加報酬の申し出を断ったのは当時まだ9歳のベレム。彼ら闇で蠢く魔人たちを下にみたそうだ。
この国を混乱に導くために国王殺害はチカラを貸す。ただし、依頼主を変えてやろうという魔人たちの企みにラウルさんは困惑したものの、断れば母である王妃を殺害するという脅しに屈してしまったそうだ。
ロゼ王女を狙ったのは、魔人の提案を受け入れてしまったため、彼らは聡明で内外から支持されているロゼ王女に生きててもらうと都合が悪いと……だからラウル自らの手で暗殺するように脅されたそうだ。
「でも、できなかった……」
ラウルさんと途中まで行動をともにしていた紫髪の少年──〝86〟と呼ばれている魔人はサラサ王女を手にかけ、ここロゼ王女のいる尖塔に向かったそうだが、ラウルさんがギリギリになって、彼ら魔人を裏切ったことにより、斬り合いになったとのことだった。
母を守るためだったとはいえ、とても愚かな選択をしてしまったとラウルさんの目からひと筋の涙がこぼれた。
「ロゼ王女、すでにラウル王子は……」
彼の魂はすでにこの世から去った。ボクは肩を震わせているロゼ王女に声をかけた。
「セルさん、まだやるべきことがあるでしょ?」
「え?」
「はやく行かなきゃ、王の元へ」
「ロゼ王女、ご無事でしたか⁉」
兵士たちが来た。魔人たちは分担して行動しているはずだから、この場所をもう一度、別の連中が襲撃してくることはないだろう。
「行ってきます」
「気をつけて」
兵士たちにこの場を任せ、ボクは螺旋階段を素直に降りずに階段の手すりを乗り越えて、あちこち足場にしながら飛び降りるように最速で移動する。
数分後、ボクは王の間がある中央塔の階段を駆け上がっていると、ここも同じようにたくさんの兵士や騎士が倒れている。
上の方でまだ争っている音がする。
王の寝所である最上階に到着すると、両開きの扉の前後に激しく争った跡が残っており、近衛を含めた十人以上の亡骸が横たわっていた。
「セル! 陛下をお守りしろッ」
「はい⁉」
とても広い寝室。王の前で、傷だらけになりながらもなんとかひとりで持ちこたえていたアーリ隊長はボクを見つけて、切羽詰まった声で、指示を飛ばしてきた。
襲撃者は2人……。黒衣に頭巾を被っている。バカでかい戦斧を持った巨躯のものと、細くて長い剣を片手に持っているもの。細い長剣を持っている方は、壁に背をやり、戦いを観戦していて、ボクからみても明らかに戦況はよくない。
「キサマ! なにをしておる。はやく余の盾になれ⁉」
ペイジェルマン王から叱咤の声が飛んできた。もちろんただ呆然と観戦するつもりなんてない。
ボクは【指し手】で騎士、兵士あわせて10体を一気に喚び出す。
【
「コイツはオレが相手をしよう」
ゆっくりと壁から背を剥がした細い長剣の男は、ボクと国王の間に割って立った。
「ニオイ、がするな……選別者……いや、これは〝使徒〟のニオイ」
兵士を大盾を3体。弓矢を2体、長槍を3体に分け、防御役、遠距離射撃、側方からの支援に分け、ボクを真ん中に左右に騎士2体を配置し、ブツブツ呟いている長剣の男に突撃する。
「セル、
アーリ隊長の警告を聞かなかったらボクも騎士や兵士といっしょに踏み込んでしまっていた。
長剣を持つ男の手から、シャボン玉のような泡玉が無数にバラ撒かれた。ボクはアーリ隊長の言葉を聞いて、進むのをやめて、背後へジャンプした。
パチンっと泡が割れると、その泡玉の大きさの分だけ、騎士や兵士のカラダの一部が消し飛んで行く。前に出た兵士6体と騎士2体が犠牲になった。助かったのはボクと弓兵の2体だけ。
相手からとんでもない圧力を感じる。相手の細くて長い剣とボクの分厚く大きな剣……並べて比べるまでもなく、圧倒的に質量で勝っているはずなのに、その衝撃力は拮抗している。相手はあきらかに余力を残しているのに、ボクはこれが全力だ。
ただ剣術は、少しだけボクの方が上だ。筋力の差を技術でカバーして、何度か逆転できそうな一撃を見舞うが、最後まで押し切れない。
「くっ」
男の使っていなかった左手がボクのカラダに触れた……殴ったりでもなく、本当にただ触られただけ。その後も何度かボクのカラダを男の左手が触れる。
「ずいぶんとレアなスキルばかりだ。これだから神プレイヤの使徒は……」
「ボクになにをした?」
「【テラ・ストレージ】、【蝕魂】、【
長剣の男は口角を吊り上げ、ボクのスキルを読み上げる。そして手のひらをボクにみせて告げた。
「──頂戴した」
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