第34話 ロゼ王女とラウル王子


 イヤな予感?

 ううん、確実になにかが起きる。


 夜中なので、神プレイヤの声が聞こえてこない。なにかが起きたらボクは自分でなんとかしなければならない。


 支給された近衛用の補強された隊服を着こむ。だが、武器は馴染の深い自分の武器を手に取った。この一ヵ月、アーリ隊長に散々、しごかれたおかげで、巨人殺しジャイアントキラーを振るえる筋力を取り戻した。


 部屋を出てすぐにどこか遠くで女性の叫び声が聞こえた。地下から上がってすぐにもう一度、今度は男性の悲鳴がした。


「なにが起きてるんですか?」

「セル殿、すぐ王の元へッ!」


 2階から駆け下りてくる兵士に訊ねると、王子や王女の寝室のある尖塔を同時に何者かが襲撃したらしく、今、その賊と各所で戦闘が始まっているそうだ。


「ラウル王子とロゼ王女は無事ですか?」

「はい、襲われたのはベレム王子とサラサ王妃の寝所がある尖塔です」


 よかった。ボクは当直の兵士に言われた通り、中央の塔の最上階の王の寝室に向かうが、途中で足を止めた。


 ラウル王子はウデが立つ。この一か月で何度か手合わせしたが、アーリ隊長に迫る実力者……。もし賊に襲われても、自力で倒せる可能性が高い。だけどロゼ王女は、戦う術をもっていない。以前森のなかで何度も襲われ、命を落とすところを目の当たりしてきたボクは、そのつま先をロゼ王女の寝室がある尖塔に向けた。


 嘘……。すでにロゼ王女の寝所がある尖塔へ向かう空中歩廊のうえで、数人の兵士が斬り殺されて転がっている。


 塔の上の方で剣げきの交わす音が聞こえる。今ならまだ間に合う。

 全速力で、尖塔に渡り、螺旋になっている階段を駆け上がる。階段のうえでも兵士たちが、一太刀で斬り殺されている。腕を切断した後に肩口から斬られた者がほとんど……。斬り方に特徴があるため、上にいる賊はおそらくひとりかふたり。それも兵士たちの数をものともしないほどの圧倒的な強者。


 階段を上がりきる手前のところで見知った近衛がふたり倒れていた。どちらも手練れでいくら普段、何度も手合わせしているが、ボクがスキルを使ってないからと言って、このふたりが簡単におくれを取るとは信じられない。


 <眠れない板金屋>

 :なんかコメントしづらい空気……

 <腰痛天使>

 :ああ、ぬしもいないし、これってゲームオーバーになるパターンじゃ


 夜中にボクをたまに見に来てくれる神々の文字が流れるが、ボクはそれに反応できる余裕はない。階段を上がり、開いている扉から部屋に入ると、奥にロゼが壁にもたれ掛かっている。その手前で、森の中で襲撃してきた仮面の男と黒衣に身を包んだものが、向かい合っている。


 互いの服はあちこち激しい戦いの末、ボロボロになっており、これまで幾度となく、剣をまじえたことを物語っている。


 ボクが一歩前に進んだのが合図だった。互いの姿がブレるほどの速い動きで接近し、交差し走り抜けた。


 おびただしい血が肩から吹き出したのは、黒衣の方。肩をおさえ、倒れそうになるが、なんとか持ちこたえる。その直後、仮面の男の方が膝をつき崩れ落ちた。胸には深々と剣が突き刺さっていて、ひと目で致命傷を負ったことがわかった。うつ伏せに倒れて床に仮面がぶつかりひび割れた。仮面から顔をのぞかせたのはボクの良く知る人物だった。


「ラウル兄さま⁉」


 倒れた仮面の男……ラウルに駆け寄ろうとするロゼ王女を黒衣の者は見逃さなかった。彼女を袖に隠し持っていた暗器で真後ろから襲おうとしたが、ボクがそれを許さない。巨大な剣を振り下ろすと、先ほどのラウル王子との戦いで深手を負った黒衣の者は動きが鈍っているもののなんとか避けて、窓の方へと飛び退さった。


「やあ、こんばんは」


 自分で頭巾フードをめくる。あの闘技都市アリグレアで会った紫髪の少年……。


「また会ったね。キミ、もしかして選別者?」

「ボクの質問に答えて⁉」

「ワガママだな……で、なに?」

「12年前、紅い月の夜。この城でボクの父マルコを殺したのはアナタなのか?」

「へえ……なんで知ってるの?」


 その返事でボクの頭のなかは真っ白になった。大剣を振り回したが、紫髪の少年は、ボクの大剣から逃れて、窓を突き破って飛び降りた。


「くそ、くそくそくそッ!」


 <眠れない板金屋>

 :キャラが闇堕ちする件

 <腰痛天使>

 :いや、どうだろ?


 窓に近づき、見下ろしたが、下は城の裏に繋がっている湖になっていて、暗くてよくわからない。でもきっとアイツは生きている……。


 目の前で父の敵を逃がしてしまった。もしボクが冷静でいられたら、深手を負ったあの少年を逃がすことは無かっただろう。


「ラウル兄さん、しっかりしてッ!」


 ロゼ王女の声で、現実に引き戻された。


「ロゼ……悪いな、あの時おまえを殺そうとして……」

「別にいいの……ラウル兄さんに殺されるなら私はかまわなかった」

「──ッ!」


 ロゼ王女は仮面の男の正体が、ラウルさんだと気が付いていた⁉


「どうしてこんなことを……」


 思わず口をついて出た質問……仮面の男としてラウルさんはなぜロゼさんの命を狙い、今度は彼女の命を救ったのかを……。


「母のためさ」


 胸に刺さった剣の先はあまりにも深すぎた。どれほど高位の司祭がこの場にいてもラウルさんの死はまぬがれないだろう。たどたどしく、時に血を顔を横に向けて吐き捨てながら理由を語った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る