第33話 血塗られた月


 一ヵ月が経った。

 護衛任務以外の時間はすべてアーリ隊長にみっちりとしごかれた。

 時間が合わないときは、他の騎士たちがボクの相手をしてくれた。護衛の時間の時も、神プレイヤから【内功チャクラ初伝(A)】を寝る時以外は常に発動しておくようにと指導された。理由は魔力の底上げ。おかげでボクは心身ともに成長した。


 ボクの場合、ステータスとして数字で確認ができるため、成長の度合いがはっきりわかるため楽しかった。ステータスでは表示されない戦士としての戦い方も身に染みついてきた。これまで我流で、覚えていた剣技をすべて忘れるのではなく、良い点を伸ばし、欠点を取り除く作業。こればっかりはボクの戦闘の才能センスや膨大な経験、鍛錬が関係してくるため、1か月では、アーリさんみたいな達人の域には達せなかったが、同じくらいのチカラやスピードの相手なら楽に勝てるようになってきた。


 毎日、厳しい鍛錬に耐えられたのは、スキル【太陽と月の加護】のおかげ。自癒……自分に備わっている自己治癒力を上昇させるもので、切り傷とかなら直るけど、腕が無くなったりしたら元には戻らない。


 そして今、ボクがいちばん気がかりなのはキュアが不在であること。彼女はボクがこの城に近衛見習いとして、働いている間。暇をもらいたいと言ってきた。

 神さま達には「フラれてやんの」とか「まあ他にもいい相手はいっぱいいる」や「オトコもたまにいいんじゃない?」など色々と茶化されてしまった。


 騎士たちには、ボクがマルコ・モティックの息子だと広まっているため、今でも父のことを慕っているひとが多いため、仲よくしてくれるが、ベレム王子、サラサ王女などはボクのことを虫けらのように扱う。ペイジェルマン王は、ボクにただ純粋に関心がなく、ラウルさんやロゼ王女は友好的に接してくれるのが救いだ。


 今日は丸一日非番だが、アーリ隊長や他の騎士たちが忙しく鍛錬につきあってもらえなかった。なので、体力をつけようと城の外を金属の鎧をつけて走ろうと考え、王都の外側をぐるりと回るコースを考えた。城の裏に大きな湖沼が広がっていて、その外周を走っていると、3棟の小屋があり、建物の裏……木陰で湖に向かって年配の女性が椅子に腰かけ、編み物をしていた。


 みるからに貴族か金持ちの奥方そうだなと思いながらも、ボクはただ横を通り過ぎようとしただけだったが、周辺に待機していた騎士たちに取り押さえられてしまった。

 女性が、ボクを解放するように騎士たちに指示をして、ボクに非礼を詫びた。

 

 ボクは騎士なのかと問われ、素直に近衛見習いであることを説明した。すると彼女は、あのラウルさんの母親、現王妃であることを明かしてくれた。すごく上品で優しそうな女性。 

 場内で一度も拝見しないと思ったらこんなところにいたとは予想もつかなかった。


 彼女がここにいるのは、おそらく先妻の双子の子ども達。ラウル共々よく思ってないのは明白で、そんなギスギスした空気がイヤだからこんなところで、静かな生活を送っているんだと思う。


 今の国王ペイジェルマン13世はかなり歳をとっている。国王が崩御した場合、双子の兄妹はラウルさんとこの王妃を暗殺しようと企てるのでは、考えるのはあの双子の性格を目の当たりにしたボクには容易に想像できた。


 王妃はラウルさんと仲がいいことを聞くと、たいそう嬉しそうな表情を見せてくれた。ふたりとも権力に執着はなく。ただただお互いが幸せであればいいと心から願っているんだろうことを感じる。ボクが自分の母や妹のフェナがなにより大事であるように……。



 日が暮れはじめた頃、ようやく王都ファルカのなかへ戻って来れた。思ったより、きつかったので、次やる時は装備を少し軽くしようかと思う。


 城に戻る前に、マロエ神殿長にたまに顔を出すよう言われていたことを思いだしたボクは、ディレクト教の神殿へ向かった。


「セル殿……今日の〝血塗られた月〟はいつになく冥府の女神のチカラが強く感じます。ご注意を」


 血塗られた月……月に一度、満月の夜、月が天頂に差し掛かると、僅か数分間だけ起きる現象。冥府の女神ミープルのチカラが、この地上世界に影響を及ぼすとされ、満月の日はこの国だけでなく、世界中の人々が夜に出歩くことをまずしない。


 ボクはマロエ神殿長から大いなる祝福を受けた後、城へと戻る。夜、開けているようなお店でも今日は開いてなく、人通りも少ない。皆、帰途につくため、足早に移動している。


 ボクも急いで、城門をくぐり、城の地下にある自分の部屋で、明朝の護衛の任に当たるべく風呂や食事を済ませ、寝床へもぐり込んだ。



 ──夢のなか。

 そう、なぜかこれ・・が夢であるとボクは知覚している。


 その夢のなかで、ボクは父マルコ・モティックの近衛騎士だった頃を斜め上空から見下ろしている。


 見覚えのある場所。城の四方に伸びる尖塔のひとつに通じる空中歩廊に父は立っていた。父が見つめる先には、この城で会ったことのない身分の高そうな女性と、黒衣に頭巾を被った怪しげなふたり。すでに多くの兵士たちが、女性と怪しげな黒衣の足元に斬り殺され、転がっている。


 外では血塗られた月が紅く妖しく輝くなか、父が手に持つ剣で、黒衣のふたり組と激しい剣げきを交わしていると、ふたり組のひとり。小柄な者の持つ巨大な斧が女性の首を軽々と刎ねてしまった。父は激しい戦いの末、大柄な方を倒すも、体内に突き立った剣を握られている間にもう一人に胸を刺されて、倒れてしまった。血を流してうつ伏せに倒れている父の隣で小柄な者が頭巾フードをめくると見覚えのある男だった。


 闘技都市アリグレアの外れで会った紫髪の少年。見た目が変わっておらず、その口許には邪悪としか、例えようのない笑みがこぼれていた。


 石でできた床のなかに大柄な男といっしょにまるで沼の上にいるようにズブズブと沈み姿を消した直後に巡回中の兵士が、父と首のなくなった女性に気が付き、大声で応援を呼んだ。


 そこでボクのカラダもまるで地面に引き込まれるかのように重くなっていき、気が付くと、城の地下にある自室の寝台の上にいた。



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