第31話 捕らわれしもの


「おぬしがマルコの子、セルか」

「はい、陛下」


 ラウルさんの正体は薄々気づいたが、今は反応していられない。ボクは、片膝をつき、こうべを垂れる。


「ふむ、父親にはあまり似ていないようだな」

「はい、母親似だとよく言われます。私自身は父の顔をうっすらとしか覚えておりません」


 緊張する。まるでボクのことを、露天商で売られている怪しい商品を眺めるように細く奥まった目で観察している。


「娘ロゼを救ったそうだな。礼をいう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

「ベレム」

「はっ父上」


 ラウルのお兄さん、ベレムが、脇に抱えていた小袋を片膝をついたボクの前に投げ落とす。


「よくやった。これで親孝行でもするがいい」

「ありがたき幸せ」


(は? なに言ってんの? コイツ、ブッ●対象だろ?)


 <ムフフ99【司会者】>

 :それは、セルのためにやめてあげて

 <猿トピ佐スケ>

 :相手が悪いでござる。ここは辛抱一択

 <王!爺ザス>

 :オレは止めんがなw


 ──よかった。神プレイヤが怒ってボクを操りだしたら、大変なことになっていた。他の神々に感謝しなきゃ。


「陛下、中央へ⁉」


 後ろに控えていた騎士が、正面の桟橋から走ってくる三人の男へ剣を向ける。


「セル、そっち頼めるか?」

「あ、はい」


 左右の桟橋からひとりずつ、すごい勢いで駆けてくるのがみえた。

 ボクはラウルさんに言われたとおり、右側から走ってくる男の前に立つ。商人風の男で、お腹が出ており、とても機敏に動けるようにはみえないのに男はボクの手前で高く飛び上がった。空中で靴底の留め金を外すと、人差し指ぐらいの長さの金属の尖った暗器を手に握り、直接、ボクの右眼を狙ってきた。

 

 神プレイヤに操られたボクの拳を顎にモロに受けた男は、一撃で白目を剥き、人工池のなかに落ちた。


 ボクはまあ神プレイヤが、操っているから置いておいて……ラウルさんすごく強い。素手なのに相手の暗器を池に蹴り落としたあと、拳や蹴りの打撃で相手を数発のうちに沈黙させた。


 そして正面の桟橋は、近衛騎士の男性をボクが振り向く前に勝敗は決していた。無造作に払われた手で、最後のひとりの意識を奪っていた……おそらく今までみてきたひと達のなかで誰よりも強い。


 だけど最後に気を失う直前に男の手から「ジジッ」と音が鳴り、煙の上がっている筒状のものが放られ、王様とベレム王子の元へ弧を描く。


(ステータスオープン)


 時間が停まる。ボクの保有しているスキルに目を通した神プレイヤは、ウインドウを閉じて時間を動かすと同時に【水遊び(D)】を発動させ、バケツ1杯程度の水をその筒に命中させた。


(消火成功!)


「な、なにをしているコイツらを取り押さえろ。使えん奴らめ!」


 王様と一緒に中央に縮こまっていたラウルの兄、ベレムが駆け付けてくる他の近衛や兵士たちに唾をまき散らす。


 ラウルさんに「邪魔しちゃ悪いから向こう行こうぜ」と誘われ、人工池を離れた。

 庭遊祭の会場は物々しい雰囲気に包まれ、せっかく城の庭に入れたばかりの一般のお客さん達が次々に城の外へ出されていく。


「痛ッ~~!!」

「大丈夫ですか?」

「ああ、昨日、馬から落ちて背中を打ったのが、今ごろ響きだした」

「あ、ボクも馬から落ちた時に、次の日、痛かったです」

「だよな。あれは痛い」

「あはははッ」


 すごく話しやすいひと。まるで小さい頃から見知った近所のお兄さんみたいだ……。


「セル、やっぱり強いな」

「うーん、どうでしょう?」

「謙遜すんなって、あれで強くないって言ったらオレ自信なくすけど?」

「あはははッ」


 先ほどの話をし始めた。でもボクは笑ってごまかす。本当に強いのはボクを操る神プレイヤ。それに比べてあの近衛騎士はとんでもなく〝本物〟だった。あの仮面の男でさえ、勝つのは難しいだろう。


「あの、もしかしてこの国の王子なのですか?」

「まあいちおうな。でも『様』はつけないでくれよな? かたっ苦しいから」


 ペイジェルマン国王には4人の子どもがいて、先ほど会った長兄のベレム、第一王女サラサ。そしてロゼ第二王女とラウルさん。ちなみにベレムとサラサは双子でそっくりな顔立ちをしているそうだ。


「オレ以外は亡き先妻にあたる王妃の子でな。オレだけ今の王妃の子どもになる」


 現王妃テレジアは、野心はなく、その子どもであるラウル王子も王位を争う気もなく、ベレム王子やサラサ王女、ロゼ王女への王位継承を望んでいる。だが、ロゼ王女は別だが、兄や姉はそんな弟をこれまでずっと猜疑の目を向け続けてきたそうだ。兄ベレムに負けず劣らず姉のサラサも性格が相当捻れてしまってるらしく、ロゼ王女以外の双子の兄と姉のどちらが王位を継いでも、この国に明るい未来はなさそうだ。とラウル王子は苦笑いしながら話した。


「だからオレは出奔して、冒険者として自由に生きたいんだが……」


 言葉の最後に声が曇る。母を残して、旅立ってしまったら、双子の兄や姉たちが何をしでかすかわからない。だからこの国に留まり続けている……と。


「いいよな~ホラ? あの蝶々」


 指を差したのは、白い花の周りをヒラヒラと舞う鮮やかな色をした赤い蝶。


「自分の羽で、好きな場所へ飛んでいける」


 心の底から羨ましいんだろう。しばし、蝶と花の戯れをふたりで、ボーっとしながら眺める。


「──でも」


 まるで花といっしょに踊りを終えたかのような蝶は近くに立っている木の上の方に行き、羽を休めるべく枝葉に止まろうとしたが、急に空中で静止して、もがき始めた。


 細く見えない糸……罠に掛かった獲物に足の長い蜘蛛がゆっくり近づき背中から襲う。


「オレはまさしく蜘蛛の巣に捕らわれた蝶だ」




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