第13話 館への潜入


「ウィリアムさま!? これは失礼を……」

「どうした?」


 客間、客人の前であるにもかかわらず、急ぎ報告するということは、かなり重要な案件だと思われる。ボクは退席しようとしたが、マークス卿に止められた。


「それが、レインボーモスの蝶園をミタニア商会が独占すると発表がありました」

「アンナとの婚約破棄で、さっそく手を打ってきたか……」


 レインボーモスの蝶園は、このイーヴェルの町の紡績業には欠かせない高級な絹糸の生産場であり、メイズの村に住む母もこの絹糸を使って、機織りをしているため、なにかあるのであれば他人事ひとごとではなくなる。


 ミタニア商会の名は初めて聞くので、マークス卿と報告へやってきた召使いとの会話に傾聴していると、このイーヴェルの街で最大規模の財力を誇る豪商であると。なにかと資金がかかる蝶園をいくつかの商会で共同出資して運営していたが、大枚をはたいて買い占めてしまおうという動きをみせているそうだ。


 独占されてしまうと、高級糸が市場の半分以上を占めるイーヴェルの町において、誰もミタニア商会に逆らえなくなる。それはこの地に封じられたマークス卿にとっては、耳の痛い話である。次に出る手は、アンナさんとあのレオナルドと婚姻関係を結ぶこと。アンナさんには、ほかに兄妹姉妹がおらず、レオナルドと結婚した場合、レオナルドがマークス卿の後継者候補に躍り出ることになる。仮にそのままミタニア商会を放置して、悪意のある市場操作をした場合、税収が滞り、マークス卿が、国王から睨まれイーヴェルの町の領主を解任される恐れが高い。


 このミタニア商会は、ここ数年で急激に成長したそうで、彼らがこのイーヴェルの町に勢力を拡大すると同時に行方不明者が増え、治安が悪くなったそうだ。


:これは叩くといっぱいホコリが出そうな組織だな

:どこの世界にもあるんだね。やべー会社ってw


(クエストを受理するぞ)


「え?」

「どうしました。セル殿?」

「いえ、ちょっと耳鳴りがして、あーあーあー」


:クエストってなんぞ?

:ちょうど退屈してたとこw

:アンナちゃん可愛い……


(ウインドウを開きまーす)


──────────────────

 ▶ミタニア商会を潰す

  なにもしない 

──────────────────


:なんで潰すw

ぬしがひとでなしだから?


(違ーぇよ。これは任意クエストだけど、どう考えても強制だろ?)


:まあここまで話を聞いているから、逆張りは普通しないな

:炎上は狙わないんだ。意外と堅実プレー


(普段、どう思われてんだオレ?)


:傍若無人

:控えめに言って悪党


(テメーら……)



 それからボクは、とりあえず神プレイヤの指示で、ミタニア商会会長の豪邸の前までやってきた。

 当然のように門番がいて、当然のように厄介払いされて途方に暮れる。

 神プレイヤから特にこれからどうすればよいか指示がこない。とりあえず、屋敷のまわりをぐるりを回って、なにか気が付くことがないか観察してみようと移動したところ、半周まわったあたりで、女の子が倒れているのを発見した。


 10歳にも満たない子で、手足には長い間、枷をはめられていた痕がある。


(これはこれは)


:うむ、きな臭い

:え? どゆこと?


(よし、セル。そのガキを連れて一度、引き返せ)


 女の子を抱きかかえ、状態をみると意識を失っているだけで、命に別条はなさそうに見える。神プレイヤの指示で女の子をおぶって一度、マークス邸へと引き返した。




「リー・G・ミュールです」


 マークス邸に引き返し、マークス卿お抱えの医師に診てもらうと、栄養失調による衰弱が原因だった。


 予想どおり彼女は、ミタニア商会の裏の顔。誘拐され、どこかへ売られるべく、地下に閉じ込められていたそうだ。


「それでどうやって外へ逃げることができたんだい?」

「それは、ウランくんという男の子が私を逃がしてくれて」


 マークス卿やアンナさんはウランくんという男の子を知っているそうだ。ミタニア家の次男で、人前にはほとんど姿を現すことがない。ふたりとも一度だけ顔をみたが、気が弱い反面、優しい性格の持ち主だろうと感じたそうだ。


 そのウランくんが、リーを秘密の抜け穴から逃がしてくれたそうだ。屋敷の外に出たところまでよかったが、めまいがしたそのまま意識をうしなったと話してくれた。


「正面から行っても、シラを切られる可能性が高い」

「はい、私がその隠し通路から侵入したいと思います」


 前向きな発言をするが、すべて神プレイヤのおぼし。そうするよう先ほど下知された。


「では私は外で、すぐに突入できるよう準備をしよう」


 マークス卿と話し合って、突入の合図を決めた。



 ──ミタニア商会の建物の裏通りの草むらに覆われ、普通に歩いていたらまず気が付かない古い井戸がある。滑車には丈夫な縄が通されていて、桶がついている。


 ボクは、リーから教えてもらったとおり、桶に足をかけた状態で左右に決められた回数分、縄を下に引っ張った。すると、カタカタと絡繰り仕掛けの音が鳴り、井戸の底へと降りていった。底には水が溜まっておらず、ここでも教えてもらったとおり、壁に数種類の模様が書かれた突起物を、ある法則にしたがい順番に押すと、ズズッと重苦しい音とともに隠し扉が開いた。


:なんかドキドキしてきた

:オレもw

:いいねこうゆうの


 神々も喜んでくれている。だけど、神プレイヤの声が聞こえない……。




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