第二章 

日神教と月神教のいがみ合いは、実に数百年にも渡る。

 両者は過去に、幾度も戦いの歴史を積み重ねてきた。なかでも頓に有名なのは、王族を巻き込み、王家から死者を多数出した『銀髪家の悲劇』戦争ではないだろうか。

 この戦いこそが日神教と月神教の亀裂を徹底的なものにしたと言われ、現代に到っても未だ禍根を残すに及ぶ決定的な事件であったとされている。

 その他にも、日神教と月神教の間には様々な事件や出来事が生み出されてきた。

 それは、七百年ほど前のことである。



「日神教の者はみな殺せ。子供も女も容赦するな」

 ゴウ、と家々が燃えていく。悲鳴が上がり、血飛沫が飛ぶ。

 部下たちに次々に指示を出しながら、ヨシュアはそれを見ないようにしていた。

 見るな。見たとしても、相手は日神教だ。悪魔の子だ。悪魔の女だ。殺したところで、どうということはない。良心など、痛まない。なんてことはない。

 良心など――

 目の前で、また一人子供が殺された。

 それを見て、母親が叫び声を上げた。ふと、疑問が沸く。

 悪魔とて、感情があるのではないか。悪魔とて、悲しむのでは? 悪魔も、子供を失くしたら嘆くのでは?

 家が燃える。空が赤く染まる。ここは、地獄か。悪魔は死んだ。俺たちが殺したのだ。「隊長、この辺りの日神教はすべて排除しました」

「よし、いいだろう。撤退だ」

 部下と共に馬に乗り、野営地へ引き上げていく。

 夜、眠っていると夢を見る。

 日神教の悪魔を殺す夢だ。男を殺し、女を殺し、子供を殺す。殺す部下はみな、愉快そうに笑っている。

 これは夢ではない。現実だ。彼らは日神教を人間だと思っていない。だから、殺してもなんとも感じないのだ。

 虫を殺しても良心が痛まないのと同じで、日神教の人間一人を殺したところで、功徳になりはしても、およそ悪いことだとは思ってはいないのである。

 悪魔を殺して、なにが悪い。悪いものを殺せば、そのぶんいいことに繋がる。いいことをして、なにがいけないんだ。

 彼らはそう言って笑う。

 空が、赤い。そうだった、ここは地獄だった。

 大抵、夢はここで終わる。

 目を覚ますと、汗で全身を濡らしている。不快な夢だった。

 翌朝、また別の集落に行った。

 大きな集落であったので、他の隊複数と合同で任務を遂行しなければならなかった。そのため大隊長がやってきていて、彼が指揮を執ることになっていた。

 相変わらず、一方的な殺戮が繰り広げられた。

 強者対弱者の、圧倒的な力の差。

 逃げ惑う女を切り伏せ、子供を追いかけ、男をねじ伏せ、家を焼く。

 ああ……空が燃えている。あんなにも赤い。ヨシュアは剣を抜いたままぼーっとそれを見上げていた。

 殺すことに、疲れていた。

「ヨシュア隊長、なにをしている」

「は、申し訳ありません」

 大隊長がそんな彼を見咎めて、近寄ってきた。

「相手は日神教の悪魔だ。油断するな」

「はっ」

 どこかから、なにかの泣き声が聞こえてきた。

「うん?」

 大隊長が、そちらへ目をやった。別の隊員たちが二、三人、その方向へ走っていって、なにかを探している。

 泣き叫ぶ赤子を抱いた女が一人、隠れていた。

「その女を連れてこい」

 大隊長はそう怒鳴ると、手で示して女を側へ連れてくるよう部下に命じた。

 女は泣きながら引き立てられてきて、必死で命乞いをした。

「た、助けてください。私はいいです。この子だけは、この子だけは助けて」

 赤子が、泣き続けている。

 ヨシュアの胸が痛んだ。

「この女を殺せ」

 大隊長は無慈悲に隊員に命じると、赤子をその腕から奪った。泣き叫ぶ女が隊員に無残に殺される悲鳴を聞きながら、このひとは一体この赤子をどうするのだろうと思っていると、

「ヨシュア隊長、やれ」

 と大隊長は彼に命じた。

「は……」

「やれと言っている」

「……と、申しますと」

「この赤ん坊を殺せ」

「――」

 悪魔を殺せ。

「日神教の女が生んだ子供は、日神教だ。調べれば、瘢痕があるだろう。洗礼を受けていれば、日神教だ。悪魔の子は、悪魔だ。殺さねばならん」

 そんな――

「そ、そんな」

 ヨシュアは言葉を飲んだ。

「そんなことは、できません」

「なにい」

「赤子を殺すなんて、できません」

「貴様、日神教を庇うのか」

「日神教だからじゃない、まだ赤ん坊じゃないですか」

「赤ん坊ではない、悪魔の子だ」

 日神教は、悪魔だ。悪魔の子は、悪魔だ。

 殺せ、殺せ、悪魔を殺せ。

 あいつらは悪魔だ。遠慮なんかいらない、殺してしまえ――

 ――違う。

 ヨシュアはぎゅっと目を瞑った。

 悪魔は、俺たちだ。

 彼は剣を放り出して、走り出した。

 そしてその日から、行方不明になった。

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