挙式までの間の女

天瀬マリナ

第1話

今夜も私は幼なじみに、抱かれている。

ひんやりとした手触り。


彼の背中に手を回す。今の私には見えないけれど、この背には昇り竜が彫られている。


この男と初めて関係を持ったのは1年前だ。


「晴美か……?」


花屋でバイトしていた私に、彼が声をかけてきた。


「もしかして、卯月くん?」

「ああ、小学校……いや、中学以来か」


驚く私に、卯月誠は黒目がちの瞳で優しく微笑んだ。


「高校入学を機に私が引っ越したからね。今日は何?彼女にプレゼント?」


私は軽い社交辞令のつもりで聞いてみた。


「ああ、婚約者への贈り物だ」


私は胸の奥がずきんと痛んだ。


「どの花がいい?お前が選んでくれるか?」

「ええ、もちろん」


私は昔から好きだった男が他の女に贈る花を、手早く花束にまとめていった。


その日から誠は頻繁にバイト先の花屋に来店した。

花束の送り先は婚約者や他の女性、組関係など、多種多様だった。

店先ではプライベートな話もできないからとお互いに連絡先を交換した。


誠は自分の話はあまりしないのに、私のことはしきりに聞きたがった。


「おばさん、病院なの?」

「うん、ちょっと前からだけどね」


その頃、母は体調崩して入退院を繰り返していた。


「いろいろ物入りでさ、私も会社以外でバイトしているの」


私は幼なじみの気安さからつい、愚痴をこぼした。


誠は黙って話を聞いていたが、不意に何かを思いついたようだった。


「カネが入り用ならいくらでも俺が用立てるよ」

「え……?」


驚く私に、誠は妖艶な笑みを浮かべた。


「婚約者との挙式は1年後だ。その間だけ、俺の女になってくれ」


そしてもうすぐ、挙式の日がくる。


組幹部の娘との結婚。若頭の誠がこの縁談を断る理由はない。


なのに私は、一縷の望みをかけてこの男の背中に手を回す。


愛されているのは私じゃない。


そんなことはわかっている。


それでも私のこの愛が、報われる日がきますように、と……。


むなしい望みを浮かべ続ける。



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