突入
君と国とに尽くすべく、死地につかんと
今宵ぞまさに身を捨てて、旅順港口を塞がんと
忠勇無二のつわものは、今しも
出でて行く人、送る人、言葉はなくて手を握り
別れを告ぐる、真夜中に、マストの上の星寒し
軍歌「決死隊」より
真夜中に令和の決死隊の歌声が響く。失敗すれば生きて帰れない。全員がそれを理解していた。日露戦争のおり、大国ロシアから日本を守るための旅順港閉塞に編成された日本海軍決死隊が現代に蘇った。真珠湾攻撃の際、空母から飛び立つ前の搭乗員もこの歌を歌い士気を高めたという。
「ご武運を」
いずもの主要幹部が決死隊を見送る。いずもは支援しかできない。突入部隊のボートにはむらさめが同行する。
突入部隊 七月二日 午前二時
特別警備隊と通常部隊には大きな差があった。両方とも震えている。一方は恐怖で、一方は興奮である。特警隊に入る際、適性検査を実施する。その際に最も重視されるのは精神面の適性である。彼らは本物の戦士。ありとあらゆる場面での緊張を力に変えて普段以上の力を発揮することができる。よく火事場の馬鹿力というが誰しもができる芸当ではない。火事場で逃げ出すやつのほうが圧倒的に多いのだ。彼らの目線は真っ直ぐの目の前に聳え立つ巨大な鉄の怪物を見据えていた。
「あれが俺たちの仮の棺桶か」
一人の特警隊員がそう言うと、全隊員が軽く微笑んだ。その中には杉元二等海曹もいた。彼は心の中でこの瞬間を待ちわびていたといわんばかりの高揚感と誇らしさを抱えていた。高校時代に特に目立って成績がいいわけでもない。見た目がいい訳でもない。ただ日本を守る。そのためだけに海上自衛隊員になり、特警隊員になった。もちろん国家を思えば特警隊が必要とされる日が来ないのが望ましい。しかし折角今日まで鍛えたこの腕を生かすことなく退官して死ぬのは少し惜しいと思ってしまう自分がいた。しかし、今自分の肩に国家を守るという任務を背負っている。この任務を果たす。自分にしかできない任務を果たす。今まで自分を馬鹿にしてきた連中も、自分より優秀と親戚からもてはやされた弟すらできないこの任務を自分が成功させる。そんな熱い思いが彼の目に爛々と光を灯していた。
一隻目の特警隊員を乗せたボートがタンカーの死角についたの同時に護衛艦むらさめもタンカーをギリギリ目視できる位置まで近づき、タンカー前方約200m地点に正確無比な艦砲射撃を行った。艦砲射撃の音に紛れて特警隊は縄梯子を掛け中に侵入した。
「三班に分かれて進むぞ、いいかこれから先は仮に誰かが死んでも気にせずに任務完遂のみを考えよ。」
全員が軽くうなずきそれぞれの目標へと進みだした。
第一班(艦橋制圧班)
広い甲板の救助用具や貨物を利用して、迅速に艦橋へとつながる階段を目指す。その間もむらさめの艦砲射撃は続く。断続的な射撃音が隊員の足音を消し去る。
”とまれ”
先頭の隊員が腕をあげて後ろの隊員を制止した。一人で行くとサインをだし、腕にかけていたロープを敵の歩哨の首にひっかけ後ろに向かい思いきり締め上げる。首から鈍い音がして、ヒューヒューと鈍い呼吸音を発しながら敵は倒れた。気管支を直接へし折ったのだ。先頭を交代した残り四人が艦橋に続く階段についたころ、様子を見に身を乗り出していた二人の敵と接敵した。しかし二発の弾でしっかりととどめを刺した。人を殺していても恐ろしいほど冷静な自分を疑いそうになる感覚に襲われながら隊員たちは艦橋に到着、すでに降伏した三人の敵が地面に突っ伏していた。船の操縦をさせられていた四人はおそらく人質だろう。
「他の18人はどこにいる」
人質に英語と日本語で他の人質の位置を聞き出す。最初は恐怖におびえていた彼らも状況が理解できると他の人質の居場所を早口で言った。どうやら航海士、機関士は食堂、その他職員は船長室に押し込まれているらしい。艦橋を二人で抑え、三人はすぐに船長室を目指した。
第二班(食堂制圧班)
甲板から船の中に入った瞬間に激しい応戦にあった。敵は自動小銃や散弾銃を持ち出して来たのだ。二人目の隊員のフェイスシールドが粉々に砕け散る。しかし先頭の隊員が迅速に敵正面にピンを抜いていない閃光弾を投げつけ、ひるんで背を向けた敵を他の隊員が正確に射抜いた。食堂には二人の隊員が先行して向かい。食堂の窓を一覗きしたのと同時に閃光弾を投げ入れ、人質の警備に当たっていた敵三人窓から覗いた一瞬で記憶した位置と頑で脳幹を撃ちぬき人質の救出に成功した。フェイスシールドを撃ち抜かれた隊員が切り傷を負っただけで、損害は軽微であった。人質を解放後、3人は人質を甲板中央に、2人は食堂付近の見張りについた。
第三班(倉庫制圧班)
第二班と共に船内に突入。その後階段をまっすぐに滑り降りて船前部の倉庫に侵入した。倉庫の入り口は固く閉ざされており、仕方なく右側階段に回ろうとしたが、ここで隊員が右階段に回る通路の防火扉が開いていることに違和感を感じて左側に回った。案の定右側にはブービートラップが仕掛けられていたことが倉庫内に入ったと同時にわかった。劣化ウランを積んでいると思われるコンテナを確認。周囲にいた2人の見張りは隊員のナイフにより音もなく制圧された。
船長室 突入から7分
3人の特警隊員が船長室のある廊下まで進んだ。しかし奇妙なことに何の抵抗も受けずに船長室に入ることができた。ひとまず中にいた人質を甲板に集めるべく誘導を開始したところで
「バッーン」
とてつもない爆発音が艦橋から鳴り響いた。
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