テロリストの狙い

積み荷に劣化ウランが含まれる。この情報は警視庁が事前に把握しており、東京湾に侵入しだい臨検を行うつもりであったらしい。劣化ウランの輸入は法律で固く禁じられている。過去、某カルト集団が独自で核爆弾を製造して日本に自治区を作ろうとした事件もあった。今回のその劣化ウランを積んだタンカーが占拠されたということはテロリストの狙いは二つあるといえよう。一つ目はウランを利用した脅しで金を巻き上げる。二つ目は東京港湾の重要施設に直接突っ込み日本に重大な被害を与える。交渉をするつもりのない様子から事件対策本部は二つ目の可能性が極めて高いと見て、東京湾侵入前に該船の無力化を目指すという方針を明らかにした。


第四護衛隊群 いずも 食堂

「司令、特別警備隊、本艦とむらさめの立ち入り検査要員が揃いました。」

今回の指揮官は群司令不在につきいずも艦長である緒方一等海佐となった。

「突入事態は特別警備隊の判断に任せる。しかしその責任は全て私が負う。だから気兼ねなく思う存分暴れてくれ。」

緒方の海自のマーク(職域)は幹部候補生学校を卒業したときから今日に至るまで水上艦艇一本だ。突入して敵を制圧することの指揮なんかとれはしない。しかし軍隊とは組織である。組織に必要なのは規律であり、階級上位者が意思決定をしたことにする必要がある。普通の指揮官はこれを言ってもなかなか信頼されない。手柄を横取りするやつがいっぱいいるからだ。だがこの場に緒方を疑うものはいなかった。理由は彼が過去に授章した二つの章にある。一つは対テロ戦争従軍章、これは実際に戦地に赴き戦闘行為に参加した人間にしか授与されない。もう一つは紫の勲章、そうパープルハート章だ。名誉負傷章ととも呼ばれ米軍と共に戦闘活動に参加した同盟軍の兵士が治療を要する負傷を負った場合に与えられる勲章である。つまり彼は実際に戦争行為に従事し負傷した経験があるということだ。このことは現場にいる全員が緒方は信頼に足ると納得させるには十分な証拠であった。戦争に行ったことのないエリートより行ったことのある凡人というのはどこの国の軍隊でも重宝される。

「司令、突入作戦は次のような形で実施します。」

特別警備隊の小隊長が説明を開始する。

「まず我々特警隊が先に突入を実施しますこのときの目標は人質の救出です。全員の移乗が確認されたら10分のタイマーをしかけた発煙筒をどこかにくくりつけます。三つの班に分かれ一班は食堂へ、もう一班は貨物庫へ、最後の班は艦橋を目指します。10分以内に人質を船の中央の位置に誘導します。10分の発煙弾が上空に上がったのを確認したら、左舷中央部からいずもの立ち入り検査隊、ここではいずも隊としましょう。いずも隊が移乗して人質の警護にあたります。むらさめ隊もおなじく左舷中央から侵入して劣化ウランのある貨物庫を固めてください。その間は特警隊は速やかに艦内の掃討作戦へと移行します。特警隊は15人、いずも隊が18人、むらさめ隊が15人、この48人を決死隊としてこの作戦を行います。」

「わかった。対空兵器の排除を確認次第、ヘリを飛ばし負傷者の収容にあたるでよろしいか。」

「はい。お願いします。」

「医療品と弾薬についてはありたっけ持ったせるから安心してください。」

「ありがとうございます。」

「敵の目的はおそらく日本の首都機能を混乱に陥らせ、日本の経済機能を麻痺させることにある。いやもしかすれば本気で東京に放射性物質を撒き散らす気かもしれん。いずれにしろ我らがここで止めなければならない。本作戦の作戦名は我が日本海軍が国家の存亡をかけて戦った日本海海戦の決戦にちなんで「旭日晴天」とする。日本国の興廃、諸官の双肩にあり、総員奮励努力せよ!」

「「はい!!」」

「Z旗を掲げよ!!」

国際信号旗のZ。これは海上自衛隊にとって大きな意味をもつ。日本海海戦以来、日本の命運を分ける海戦において日本海軍の旗艦ではZ旗を掲げるのが慣例であった。Zはアルファベットの最後で後はない。我らの敗北のあとに祖国はないという意味である。

「戦闘旗揚げ!!!Z揚げ!!!」

世界の海軍では国際慣習上、戦闘時にそのマストに戦闘旗を掲げる。海上自衛隊の護衛艦の場合、平時に後部に掲げている自衛艦旗をマストに掲揚することで戦闘旗とするのだ。

「いよいよか。」

「俺たちしかいない。」

護衛艦むらさめにも戦闘旗が掲げられた。乗員たちはそれを見上げて息を飲む。訓練ではなく実戦の戦闘旗を仰ぎ見る日はいつかくると覚悟してはいたが、やはり怖いものだ。

「遺書、母ちゃんに渡しとけばよかったな。」

とある隊員がぼやいた。

「何を言っておるか!!若い者が死ぬことを考えるんじゃない!!生き残ることだけ考えろ!いざとなったらお前の代わりに死んでやる!だから自分の持ち場に集中しろ!」

経験の多い下士官がその隊員に喝をいれた。戦う前から死ぬことなんか考えるなと。艦隊のあちこちで乗員が「死」を意識する。撃たれた海保職員の手当てに当たっていた隊員は次は自分が蜂の巣になるかもしれないと覚悟を決めた。そんな中、

「私は我が国を平和と独立を守る自衛隊の使命と責任を自覚し」

若い三尉が服務の宣誓を唱える声がむらさめで起こった。その声は一つから二つとなり、二つからやがてむらさめ全体へ、いずもの全体へと広がった。

「事に臨んでは危険を顧みず身を以て責務の完遂に努めもって国民の負託に応えることを誓います!(各員の階級、各員の名前)!」

自衛官全員の覚悟が一つとなった。

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