第40話 大谷さん、皇子殿下と話す
信じられない。どこにでもいる普通の男性にしかみえない……とてもあの屈強な亜人や魔物を従えて人間の国を襲おうとしている巨悪とは思えない。いや、それもまた罠なのか?
「なぜ私を自由にしているのですか?」
「えーと天幕で殿下のそばにいた老騎士が丁重に扱えと言ってましたので」
「ヴォルアーヴはどこに?」
「老騎士は伝言役としてあの場に残ってもらいました」
「では他のものは」
「はい、肩に紋章を着けていた騎士はミィ……じゃなくて、私が捕虜としてこの城の地下に捕らえています」
「目的はなんですか?」
「二度と侵攻してこないよう賠償金の費用として身代金を要求しています」
二度と侵攻しないように……なにを言ってるんだ? 大軍を率いてラクレン聖教国やベルボン共和国、ディモス帝国に侵略しようとしていたのではないのか?
「こちらからも質問していいですか?」
「ええ……」
「ウズロ司祭のことを知っている限り教えてください」
ウズロ司祭……彼の一族は代々、グリゴール教のラクレン聖教国大司教とも直接つながりのある由緒正しい家柄で、聖職者は生涯独身だが、ウズロ司祭の家は代々女系の家系で一族に生まれた男児は代々、聖職者になってきたと聞いている。今のウズロ司祭が何代目なのか知っている者はおそらくいないと思う。
位階や叙階に拘らず、礼拝などの教会で行う儀式はほとんど行わず、国内や諸国を渡り歩き布教活動に努めている立派な人物だ。
別に隠すものでもないので正直に答えたら「なるほどー」と顎に手をやりながら考えごとをしている様子だった。
「パラメア王国を攻めようと言ったのは誰ですか?」
それはグリゴール教の最高指導者である大司教……。だけど南征を宣誓した場にいつも外にいるはずのウズロ司祭が大司教のそばにいたので違和感はあった。
「ウズロ司祭がどうしたんですか?」
「あ、彼は魔族です」
魔族……ディモス帝国がいち早く危険視して、単独で討とうとして逆に返り討ちに遭い、勇猛で知られるディモス軍を完膚なきまでに叩き潰したという悪の根源。ラクレン聖教国も聖戦の発動を国内で呼びかけたがグリゴール教の邪魔が入った。オータニ国王の話だと魔族はエルフと同じく長命の種族で少なくとも数百年くらいは生きながらえると教えてもらった。もし、ウズロ司祭が魔族であれば彼の家は代々男児を聖職者にしていたわけではない。ウズロ司祭が怪しまれないよう、ひとりで何世代もいるかのごとく偽装して何百年とこの国で諜報活動をしていたということになる。ラクレン聖教国はずっと騙されていた?
ではグリゴール教の教義はどうなる? どこまでが捻じ曲げられたものなのか? 個人ではとうてい想像がつかないスケールの話になってきた。
急に外が慌ただしくなった。建物から中庭へ出ると、遠くで鐘の音が不規則に鳴っている。それを聞いたオータニ国王が「
「少し様子を見てきます……アミノ、殿下をよろしくお願いします」
「はい、オータニ様」
いつの間にか近くに侍女長のアミノが控えていた。オータニ国王が中庭から足早に立ち去ったあと、警戒態勢のようだから、自分の部屋へ戻るかをためらった。
今までの説明を聞いた話が本当ならラクレン聖教国が完全に悪いと思う。でも自分のせいで国家予算を大幅にこの国に取られてしまったら、結局、税を重くされて苦しむのはラクレン聖教国に住まう民たち。なんとかこの国から自力で脱出できないものか……。
そのためには、地下へ行って捕まっている騎士たちを解放し、武装蜂起して脱出するのが、今の状況下からもっとも脱出できる可能性が高いと感じる。
──そのためには〝人質〟が必要。あの国王はけっして民を見殺しにするような人間には見えない。こう言ってはなんだが、ラクレン聖教国の国王、我が父よりも聡明で思慮深く、部下にも謙虚さを見せ、慈悲深くもある理想の王だと感じる。
だからこそ人質は有効だと思う。先ほどのオータニ国王が作業していた小屋のなかに木工用の刃物があった……アミノ嬢には申し訳ないが、彼女を押さえて首に刃物を突きつけたまま地下室まで行けるかと頭のなかで計画を思案する。
「危ない!」
ボクが想像していたより数倍以上の速さで、アミノが近づいてきてボクを突き飛ばした。女性の華奢な腕とは思えないほど力強い衝撃が肩に伝わり、数メートルほど吹き飛んだ。
そんな……。
転倒した痛みに耐えながら倒れた状態で顔だけ上げてアミノの方を見た。ボクが立っていたところに大きなハチの魔獣〝ケラトリ〟がいた。深々とアミノの背中にその長い毒針を突き刺しているところだった。
ケラトリは大きさが1メートルくらいの真っ黒な外皮に覆われていて別名「黒い災禍」。ラクレン聖王国でもこのケラトリに刺されて命を落とす人が年間通してかなりの数に上る。
「アミノ!」
顔がアミノに少し似た女性が中庭に面する2階から飛び降りながら魔法を発動して、ケラトリを一撃で灰にした。
「カナヲ姉様……」
「しゃべらないで」
カナヲと呼ばれた姉が肩に斜めに提げた鞄から青色と緑色の液体が入った小瓶をふたつ取り出して、刺された患部へ浴びせるように掛けると青と緑の色をした煙が噴き上がる。煙が上がった瞬間、とても苦しそうな顔と呻き声をあげたアミノだったが、煙が収まるにつれて表情も穏やかになっていった。
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