第39話 大谷さん、傘と鐙をつくる


「うーんと……あ、たぶんコイツ」


 聖女ミイが村のなかやその周りにテントを張っている人間たちの野営地をぐるぐると回って周囲よりひと回り大きな天幕を見つけて中に入る。そこで寝台で寝ているまだ10代前半くらいの身なりのいい少年を見つけた。


「あとコイツとコイツ……それと外にいる鎧の右肩に鷹の紋章をつけている連中を全員連れてきて」

「はいっす」


 ウグノ司祭が姿を消したら、ケーケー達が正気に戻った。一緒にいた4人の部下たちは先にポータルで返したが、ケーケーだけはこの場に残って大谷さん達を手伝ってくれている。


 聖女ミイはパラメアの街にある城の地下にポータルのひとつを置いてきたので、そこに繋げて彼女が指定した人物を次々と穴のなかに放り込んでいく。


 

「じゃあソイツを伝言役にしよう……誰か起こして」


 先ほどの少年のそばに座って眠っている老騎士の手足を縛り、聖女ミイの指示でバフォンが往復ビンタすると、ようやく目を覚ました。


「ミルズ皇子殿下をどこへやった化け物どもっ!」


 あの少年ってラクレン聖教国の皇子だったんだ。たしか、兎人ルゥの情報では子はひとりのみなので王太子……次の国王になるひとを捕虜にしたことになる。


「皇子と貴族のものは全員、捕虜にしました。返して欲しければ……えーとなんだっけ?」


 聖女ミイの提案で、今回の戦いで二度と侵攻できないようお金をいっぱい貰おうということになり、大谷さんがパラメア王国の代表だからといって聖女ミイは大谷さんにセリフを言わせている。


「あ、そうだ。10日後の日が沈む頃、この黒い箱の前に捕虜ひとり金貨1,000枚、皇子は金貨50,000枚を準備しておいてください」


 そうすれば解放します。と大谷さんが告げると、唇を噛み締めて「わかった」と返事をした。


「貴殿の名を聞いておこう」

「大谷です」

「オータニ殿、金貨は準備する。だから皇子の身は丁重に扱って欲しい」

「はい、わかりました」


 大谷さんは、そう言い残し、ポータルで前線の指揮していた場所へ戻り、兵達とゆっくりと街へと引き返した。


   











「う……」


 目を覚ましたら、見知らぬ部屋のベッドのうえだった。


「目覚めましたか?」


 カチャリと部屋の入口の扉が開き、侍女の服を着た女性が入ってきた。


「ここは?」

「ここはパラメア王国の王都でございますミルズ殿下」


 ボクの名前を知っている。──え、今、パラメア王国って言わなかった?


「ウソでしょ、だってパラメア王国と言えば魔物と亜人が巣食う悪の巣窟だって聞いてるのに」

「いえ、嘘は申しておりません。私もゴブリンですから」


 そんな嘘でしょ、目の前の女性はラクレン聖教国でも滅多にお目にかかれないほど美しい。そんな人が魔物だなんて……。


 彼女の名前はアミノ……このオータニ城で侍女長をしていて、ボク……ラクレン聖教国王太子ミルズの世話を任せられたそうだ。


 いちおう捕虜として捕らえられているそうだが、城のなかであれば地下室以外は好きに出歩いても構わないとパラメア国のオータニ国王から指示があったそう。


 国王の名前は知らなかったが、ラクレン聖教国から亡命した聖女ミイ殿や勇者シドー殿と同じ世界からやってきた異世界人だとウグノ司祭から聞かされていた。身長は3メートルを超す巨漢でオーガよりも筋骨隆々としているとても危険な男だと騎士たちから噂は聞いている。


 侍女長のアミノはきっとボクの世話係であると同時に監視役でもあるのだろう。離れたところからそっと後をついてくる。


 城の中には吹き抜けの中庭があり、庭の端っこにお城の華やかさには似合わないレンガ造りの無骨な小屋を見つけたので近づいみた。扉が開いていたので、中を覗き込むと黒髪の男が、作業台に向かってなにやら一生懸命に見たことのない木の棒に丸い帆布をくっつけている。


「あの……なにをしているんですか?」

「これは〝傘〟です。これを差して歩けば雨のなかでも濡れなくて済みます」


 へぇ、傘は知っているけど目の前で作られている傘は開いたり閉じたりしている。骨組みのところが複雑すぎて、どういう原理で開閉しているのかよくわからない。


「これはなんですか?」


 壁にみたことのないものがたくさん飾られている。ボクはその中のひとつを指差した。


「それはあぶみです」


 鐙は馬に装着する馬具の一種で、跨ぐ部分に鞍という座るための馬具の両側に吊り下げている足を置くためのものだそうだ。ラクレン聖教国や近隣諸国でもこんなもの見たことも聞いたこともない。これを装着することで、馬から振り落とされることなく騎乗でき、馬の全力疾走……襲歩においても振り落とされることなく乗り続けていられるためのものだそうだ。ふつうは両足にチカラをいっぱい込めて振り落とされないように踏ん張るが、それをしなくて済む。考え方を変えると戦争などで騎乗した者同士が向き合った場合、鐙があるのとないのでは天と地ほどの差が生まれると思う。その考え方に辿りついた瞬間、身体中から血の気が消え失せた気がした。


「ラクレン聖教国第1皇子ミルズです」

「大谷です。初めまして皇子殿下」


 やっぱり……。

 目の前のこの男がこのパラメア王国、亜人と魔物を統べる王、オータニ……。

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