第38話 大谷さん、因縁の相手に「鉄球」を下す


「そこのオッサン、いったい何をしている?」

「それは教えられません」


 勇者シドーは大谷さんの高く上げている右手が気になるようだ。アピと激しい戦闘をしている最中なのに意識をこちらに向けている。大谷さんに意識を割くぐらいなら他のひとにも注意を払わないといけないけど?


「樹精の同胞はらから、深遠に垂れし連理の分枝よ。纏繞の蔦となりて其を羈束せよ」


 ほら? 魔導士カナヲが紡ぐ「ことば」にようやく気が付いた。彼女の魔法を潰そうと勇者シドーは接近しようとしたが、龍人族アピが行く手を阻んだ。


絞幽の枝フィカス・オ・レア


 周囲の木々が金属を断ち切るような悲鳴を上げ、無数の枝が勇者シドーに足元から這うように伸びていき、足を絡め取ると大きな球になるまで木の枝が身体じゅうに延々と巻き付いていく。


「俺を舐めるなぁぁぁ……は?」

「舐めてないからこそ・・なんだけど?」


 木の枝を爆発するように振り解いた勇者シドーは、黒い穴にすっぽりと落ちた。すぐに聖女ミイがポータルを閉じた。行先は水人族にお願いしてポータルの球を運んでもらった外海の無人島……。自力ではまず戻ってこれない。


 拘束と目隠し兼用の魔法をカナヲにかけてもらって、聖女ミイのスキルで罠に嵌める。勇者シドーの戦闘力の高さに応じて、ポータルに落とすパターンを何通りか決めていたが、まさかの古代魔王の末裔アピと互角だったのでハラハラしたが策が決まってホッとした。でもまだこれで終わりではない。


「ふふっお久しぶりですね〝オータニ殿〟」


 ホントは勇者シドー以上に顔を合わせたくなかった……。


 たしかグリゴール教のウズロ司祭。ゼッタイ頭がおかしいから大谷さん会いたくなかった。なんで大谷さんの名前を知っているのかは想像ができた。ウズロ司祭の隣に意識が定かではないケーケーと彼の部下が立っている。


「ニオイがするし」

「おや? あなたは魔族ではありませんか?」


 え? 大谷さん、ちょっと状況がわからなくなった。ペダがウズロ司祭を見てわめき始めた。


「ソイツ、魔族だし」

「第20,948師団ログロームの配下ですか……いけませんね、あとで極刑確定です」


 グリゴール教の司祭が魔族の親玉の名前まで知っている……ウズロ司祭が魔族っていったい?


「私は数百年以上前にこの世界にやってきた魔族先遣隊のひとり」


 ああ、なるほど~。そういうことなんだ。ウズロ司祭が秘密を明かしたので理解ができた。数百年前にこの世界へやってきてグリゴール教に取り入り、陰で操りはじめた。都合の悪い存在が現れたらその度に消してきたそうだ……すべては魔族がこの世界を支配するため。


「我々魔族に抵抗しうる邪魔な魔物や亜人といった宗教で取り込めない連中をこの大陸から消し去るのが私の本当の役目でした」


 たしかになんか変だなと思っていた。なぜ、ああも亜人やゴブリン、オーガなどの温厚な魔物を激しく目のかたきにするのかを……。


「勇者も聖女も私の手のなか……。なのに途中で計画が狂いました」

「へぇ~なぜですか?」

「ア・ナ・タですよ、オータニ殿。グリゴール教の聖典にも載っていない異世界からきた招かれざる客人よ」


 大谷さんのせいで計画が狂ったそうだ。人間を宗教の根源から改変して洗脳に成功した。勇者と聖女が異世界からやってきた時点で、カンデナ獣王国やパラメア大森林に巣食う亜人や魔物を一掃するというパラメア王国やカンデナ獣王国にとってはすごく迷惑な計画。最後に魔族の一個師団がやってきて、亜人や魔物といった邪魔者がいなくなったこの大陸を蹂躙し、他大陸へと版図を拡げるべく最初の足掛かりとしようとしていたそうだ。


「人間なぞ、どれだけ数がいても所詮、匹夫の勇を振りかざす弱卒の集まり」


 ウズロ司祭が、指を弾くと突っ立っていたケーケー達が大谷さんたちに向かってきた。


「だが、亜人や魔物とて人間が〝鉄〟を持っただけで敗れ去る未開の徒、恐るるに足りない」


 ケーケー達はバフォンやエルフの戦士アルメ、元オーガの女戦士レビンといった強者が相手をする。


「機をみて勇者と聖女を毒を盛って亡き者にしたのち、人間をいたぶりながら根絶やしにしようとしていたのにアナタときたら……」


 大谷さんが、ゴブリンやオーガ、エルフやドワーフまでも子方で能力を底上げして文明を興し、鉄以上の知恵を与えた。聖女ミイを連れ去った挙句、魔族の師団長を倒してしまったので計画が破綻したそうだ。大谷さん達としてはラッキー。


 せめて勇者を使い、大谷さんと差し違えさせようとしたら、またも計略にかかり、なにもかも失敗したウズロ司祭は代替の計画に移ると話した。


「なにをするの?」

「それは教えられません、ところで……」


 ウズロ司祭は大谷さんの振り上げたままの右腕に視線を向けた。


「先ほどからそれはなんの真似です?」

「これですか? こう使おうかと思って」


 大谷さんは右腕を振り下ろした。それと同時にウズロ司祭が立っていた場所が爆発した。


 鋼鉄球モンケン……異世界に戻ってきて新たに獲得したスキルで、タメ時間が長ければ長いほど限界点知らずで威力が上昇していく大谷さんの必殺のスキル。


 直径5メートル、深さが3メートルくらいのクレーターができた。土埃が収まりクレーターを見下ろすとウズロ司祭は木っ端みじんに吹き飛んだ……はずだったけど。


「いずれアナタ達ごとしてあげましょう……直接拷問できなかったのは悔やまれますが」


 生きてた。……でもたしかに潰したはずなのに。ウズロ司祭が村の建物の陰から顔を出して、言いたいことを言ってすぐに姿を消した。


 あたりを警戒したが、勇者シドーとウズロ司祭以外はいまだに目を覚ます気配がない。


「まあ、また来たら大谷が返り討ちにすればいいじゃん」


 聖女ミイがなんだか他人事ひとごとのようなセリフを吐いて周囲を見渡す。


「さて、転がっている奴らのことだけど」


 聖女という肩書きを持った魔女はニヤリと笑いながら、大谷さんにある提案をした。

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