第37話 大谷さん、凶相を拝む


 最前線にいたはずの勇者シドーが後方へ下がって森からランダムに襲いかかる奇襲部隊を返り討ちにしたそうだ。


 少数精鋭で20人いたケーケーの部下は16人がその場で殺され、ケーケーを含む5人が捕虜となった。パラメア王国最北端にある村は現在、避難が完了し、人間の軍がそこを拠点としている。おそらくそこへ連行されただろうという斥候からの報告だった。


 それともう一つ気になるのが、勇者シドーとケーケーは最初、互角とまでは行かないが部下を逃がす時間を稼ごうと勇者の注意を引き付けていたが、あとから現れた高位とみられる司祭の魔法でケーケーは捕まってしまったらしい。


 高位の司祭……うーん、大谷さん、なんかイヤな予感がする。


 ケーケーはパラメア王国のなかでも大谷さんのそばにいる主要メンバーのひとりなので、国防に関する多くの情報を持っている。彼が尋問されて色々吐いてしまうとこの先の戦いに大きく影響が出てしまう。あと、大谷さんケーケーのことが気に入ってるので素直に助け出したい。


「お待たせダボ!」


 ちょうどいいところにパラメア王国錬金術師筆頭のマエロンが新たに開発した秘薬を手に前線へ到着した。彼と一緒に王国宮廷魔導士カナヲと女戦士レビンが護衛役としてついてきた。


「では、今夜決行します」


 














「ペダ準備はいい?」

「はい、ボス」


 聖女ミイは現在、ポータル生成を4つまで同時に作ることができ、そのひとつを人間が拠点にしている村の裏にある山の岩陰に斥候にお願いして運んでもらい、そこへ転移した。


 魔人族のペダは今やすっかり聖女ミイの従順な手下になっている。彼女のスキル〝ザ・ミスト〟の効果範囲は、せいぜい10メートル程度しかないが、マエロンが発明した〝ウォルク〟──霧発生器を使うと、ペダの霧のスキル「ザ・ミスト」を触媒にして、幻影及び催眠効果のある霧をとても広く拡散させることができる。


 いちおう念のため、防塵・防毒マスクとゴーグルを人数分用意しているが、たぶん大丈夫。というのも大谷さんたちは夜間に〝谷風〟という山から吹き下ろされる風上にいるから。薄い霧が風に流されて山の麓近くにある村へと流れていく。


 ──だいたい30分が経った。霧はすでに薄れて消えてなくなった。


 大谷さん達は、山の隠れていた岩陰から出て村へと向かうと、途中で野営していた兵士たちも全員倒れるように寝ていて、カラダを揺すっても起きなさそうなくらい深い眠りに落ちている。


「よお、千田ちゃん」

「あら獅童くんお元気そうでなにより」


 大谷さん、聖女ミイの豹変ぶりに驚いた。彼女は学校ではあくまで優しい教師を演じていたそうだが、異世界に来てまで元生徒に対しては教師として接するつもりらしい。


 聖女ミイが教えていた元生徒はとにかく素行が悪かったと聞く。タバコや酒、いじめ、恐喝、万引き……学校ではひそかに小学6年生の頃に車を盗んで乗り回した挙句、人を轢いたという噂が教師サイドにも流れてきたそう。重大な犯罪に手を染めるのも時間の問題だろうと言われていた学校一の問題児が聖女ミイの前に勇者として立っている。


 それはいいとして、その手に握っているのは、たしかケーケーの部下のひとり。髪の毛を鷲掴みにしたまま引きずりながら村の入口にある建物の中から出てきた。


 幻覚効果も睡眠効果も受けなかったのか……勇者として耐性があるのかもしれない。


「手を放してあげて」

「誰だオッサン?」


 狂暴な野獣のような目つきで大谷さんを見る……これって危険な凶相と言われている獣眼と四白眼をしている。目は心の鏡というのはホントなんだと記憶にある情報と目の当たりにしている情報の突合せを頭のなかで行う。


 獣眼と四白眼とは4大危険眼と言われている凶相を代表する眼のカタチのこと。獣眼は瞳孔という黒目のまわりにある虹彩がはっきり茶色になっている目で、四白眼は黒目部分が小さく上下左右すべて白目が見えている眼のかたちを言う。大谷さん、以前ネットで「海外、凶悪犯、顔写真」と検索すると世界でも有名な大量殺人鬼などの重犯罪者たちの画像が出てきた。目の前の獅童も当たらずといえども遠からずな顔をしている。たぶん、彼はもう何百、何千人と人の命を奪っているんだと感じる。


 さて、彼のスキルも実力もわからないどころか、元日本人……聖女ミイや大谷さんと違って日本に帰るかもしれない人物を法の裁きなしで断罪していいものかが分からない。カンデナ獣王国からしたら咎人であり、戦争が今なお続いている原因でもある。この場に兎人ルゥを連れてこなかったのは彼女が暴走すると困るからだった。


「手を放せ? こうか」


 ケーケーの部下の首をつかんで大谷さんに投げた。普通の人間にそんな腕力はないので、勇者のスキルなんだと思う。


 大谷さんの前にバフォンが立ちはだかり、ケーケーの部下をキャッチすると同時に一瞬で移動して大谷さんの真横へ立っているのに気が付いた。


「ちっ、面倒なのを飼ってやがる……」


 大谷さん一瞬、死ぬのかな? と思ったが、龍人族アピが勇者シドーの貫手ぬきてを掴んで止めてくれた。勇者シドーは続けてアピに蹴り飛ばされて、後方へと吹き飛び悪態をついた。


「オータニ様の命を狙おうとするとは万死に値する」


 アピが激昂して、勇者シドーに殴りかかるが、勇者の名は伊達ではないらしい。魔族のボスを一撃粉砕するほどの強さのアピに対して互角に渡り合っている。大谷さんはちょっと目で追いきれない速さで、目の前で派手に格闘戦を演じている。


 勇者シドーはアピ達・・・に任せよう。大谷さんはそう考え右手を高く上げた。





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