第35話 大谷さん、マイホームとともに永久転移する
「これはこれは皆さんお揃いで」
「連絡した通り、家ごと行ける?」
「ええ、もちろん」
異世界案内人ジャルが大谷さん家にやってきた。大谷さん異世界へ渡った時は湖で泳いだので、名刺をすぐに失くしてしまったが、ミイは教会のなかに転移したそうなので彼の連絡先を知っていた。
一度、連絡した時に永住転移の条件を聞いた聖女ミイはひとりで行っても〝儲ける〟ことができるか心配していたが、公園で大谷さんを見つけたので行く決心を固めたそうだった。
大谷さんの母親も「え? 孫が見れるならどこへでも行くけど?」と大谷さんに早く孫見せろハラスメントをしつつ同意した。
「では、家のなかで寛いでいてください」
「今日はすぐじゃないんだ」
「今回は家も一緒ですからね、さすがに準備に時間がかかるんです」
ふーん、なんかよくわからないけど家のなかに入る。大谷さんドアを開けて中に入る前に一度振り返ると案内人がすごい勢いで走り去っていくのが見えた。
まあ、言われた通り、家のなかで待ってみようかな。
「大谷、あれ……」
「うん?」
聖女ミイが窓から外を見て指差したので大谷さんも外を覗いた。
真っ白な流れ星、途中で大気圏に突入したのか一度、爆発した……そしてまっすぐここへ向かっている。
「あ……」
ぶつかった……と思ったが、気は付いたら家に別条はなかった。ただ外の景色が激変していた。
大谷さんがパラメアの街で造っていた城。その城から伸びた居住塔は上階部をまだ作っていなかったが、大谷さんの家が居住塔にジャストフィットして収まっていた。
「オータニ様!」
びっくりした。一番最初に駆けつけたのはカナヲ。大谷さんを見るやいなや駆け寄り抱き着いてきた。
「みんなーオータニ様と聖女様が戻られたぞー」
そう叫んだのはカナヲの父、町長であるオズ。彼の大声で城の外にいた人たちを騒ぎ出してやがて大勢の人たちが城のなかへ入ってきた。
「オータニ様、そちらの方は?」
「あ、母親です」
「いつも息子がお世話になっております」
「なっ……では、王太后さまではありませんか!」
オズに質問されたので母親を紹介した。母さんも丁寧に挨拶すると、オズが呻き、国民にどよめきが起こった。
国民に大谷さんが一週間以上不在にしていた理由を説明し、安心してもらった。大谷さんの母親を歓迎するべくその夜に宴を開いてくれた。
「私はなにをしたらいいの?」
「え?」
次の日の朝、大谷さんは城の残り部分の仕上げ方法を直属の子方達へ具体に説明したあと、電気の開発に行こうとしたら母親に呼び止められた。
「別になにもしなくてもいいけど」
「そう言われてもずっと働いてきたから何かしてないと不安で……」
うーん、どうしよう。母が家にじっとしていられない性分なのを忘れていた。
大谷さん、前々から考えていた酒場を街のなかに開くことにした。その運営を母に任せようと思う。
建物はすでに作ってあったので、さっそく母を案内する。大谷さんの母親はあらゆるパートを経験してきた強者なので、なんでもできる。なのでお店のことならなんでもできるだろう。隣に冷凍室……氷室も完備されており、キンキンに冷えた
真四角の建物だが、その両隣にテント形式で数倍の長さを確保し、椅子とテーブルを並べているのでかなりの客が一度に飲食できる。
大量の客の食事の提供のために食事はサラダとパンとステーキだけにする。ステーキの肉は食パンくらいの大きさにカットして、サラマンダーの尻尾で一気に焼く。ちなみに聖女ミイの話だとサラマンダーと聞くと人間よりも大きな火蜥蜴を連想するそうだが、この世界のサラマンダーは中型犬くらいの大きさしかない。そのサラマンダーが外敵から身を守るために尻尾を残していくのだが、尻尾をケチャップやマヨネーズを絞るように握ると、切断面から火を吹くため重宝している。数十回使うと炎が切れてしまうが問題ない。モンスターボックスで大量にサラマンダーを飼っているので火の心配はせず好きなだけ使える。
パンは別の建物で作ったものを提供しているだけなので、特に労力はかからない。建物の裏側には飲み物専用のテイクアウトの注文を受ける場所もあるので、買っていくひとも多い。だが、この国ではお酒は一日二杯までしか飲めないという謎のルールがある。大谷さんが以前、飲み過ぎて記憶を失ったあとに大谷さんのまわりのひとが「酒は飲み過ぎたらマズい」という話になって、国民は皆、このルールを自主的に守るようになった。
今のところ、酒場は国営なので善意で野菜や果物、森で採ったキノコなどと提供してもらって物々交換のようなスタイルを取っているが、貨幣制度を取り入れれば、物々交換ではなかなか難しい。「サービス」を価値化できるので、今よりも業種が増えてくると思う。
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