第33話 大谷さん、元いた世界へ帰る
大谷さん、これをダイヤル式の錠と同じ構造だと仮定することにした。一般家庭の家の建築では依頼を受けないが、いわゆる豪邸の建築の時にたまに注文のある備え付けの隠し金庫。隠し扉もそうだが、金庫も取り扱う建具業者の出番となる。でも大丈夫。大谷さん、ダイヤル式錠の秘密を建具業者の人から教えてもらったことがある。
一般的に製造メーカーとある程度の製造年がわかれば、その道のプロなら数分で開錠できてしまう。だけどここは異世界。どのタイプなのかわからないため、すべて手探りで当たっていくしかない。数種類のダイヤルの回し方とパターンがあって、桁数が多ければ多いほど数千、数万通りのパターンがあるので素人には厳しい。でも幸いヒントがあるのでそこから辿れば素人でもなんとかなるかもしれない。
まず、音が鳴らなかった9か所の読めない文字のところは無視することにした。「ガチッ」と音が鳴るということは、多段式の切り欠きのある円盤構造が隣の段の円盤に噛み合った時の音だと予想できた。
右側へ夕陽が沈み、左側から月が顔を出しているので、絵は南の方角を向いている。なので、左=月、真ん中=星、右=太陽の順番や一個ずつずらして数種類のダイヤルの回し方で試してみたが、ダメだった。
これならどうだろう。
月、太陽、星の順番でダイヤルを回したら、手前の円盤が台座に埋め込まれるように沈んでいき同時に奥の円形の壁画が回転しながら横にスライドしていった。
「オータニ様、なぜ分かったんでしゅか?」
「太陽と月と星の位置ではなく、女の子からの距離を順番にしてみました」
大地に立つ女の子から見て一番近いのが月、その次に太陽、最後に太陽のように自分で光っている遠くの星、と距離が近い順番で並べてみたらうまくいったことを説明した。
「ぎゃぁぁぁ……め、目がぁぁぁ!」
聖女ミイが両目に両手をあててオーバーリアクションをしている。円形の扉の先は金色にピカピカ光っているもの……いわゆる金銀財宝が山のように積み重なっているのを見ての行動だった。
聖女ミイが興奮のあまり息が「はぁはぁ」と言っている割には他のひとは淡々としている。そもそも金銀の価値にあまり興味がないからだと思われる。
これだけあれば大谷さん、パラメア王国の貨幣制度の導入を検討することもできそう。ただしっかり考えないといけないのは「お金」の捉え方。モノへの価値づけにもっとも適したものだが同時にひとの心を惑わせる魔性のものだとも考えている。大谷さんのいた日本は世界のなかでも割とうまく「お金」というものを使っていたが、それでも貧富の差が生まれていた。なんとかそういったことにならないように流通させる前に工夫を施さねばならないと大谷さんは考えた。
パラメア王国へ帰ってゆっくり考えようととりあえず大谷さんのスキル「ストックヤード」のなかに財宝をすべて放り込んだ。
──大谷さん達が、魔族討伐から戻ってきて1か月が経った。守備部隊の方も奇策やポーションのお陰で犠牲は最小限に済んだとはいえ、少なからず死傷者が出た。戦後処理をしつつ、防衛ラインを再び北に配置しなおして、国内の崩れた需給バランスを立て直す。
「そろそろ返済しとこうかな……」
大谷さんは有り余る金銀があるので、大谷さんと聖女ミイの返済に充てることにした。
(おひさしぶりです~)
あ、この声は異世界斡旋人の名前がジャルばっかりのひと。
(返済が完了しましたので、こちらへの
扉? え、元の世界に戻るってこと? 大谷さん、まだ皆に別れの挨拶とか済ませてないのに……。
扉が現れるのかな。大谷さんが待っていると足元が無くなり黒い穴にすっぽり吸い込まれた。と思ったらあっという間に見覚えのある橋の下に立っていた。この橋って大谷さんが飛び降りたところ。
自宅へと向かう。歩いて数分、街の外れにある大谷さんがこだわり抜いて作った円柱型の家。壁式構造で部屋割りに自由度を持たせるために壁や梁の主鉄筋をSD390のD29やD32といった一般住宅ではお目にかからない鉄筋を使った。コンクリートも高層ビル並の硬さにしたかったので呼び強度で36
あれ、そういえば。
「ステータスオープン」
出ない。大谷さん、スキルが使えなくなったのか。まあコッチの世界でそんなものできちゃったら大変なことになりはするけどちょっと残念。
夕方になって、母親が帰ってきた。大谷さん、借金の返済の話を母親にしたら泣きながら「生きて元気でいてくれたらなんだっていいよ」と大谷さんの無事を心から喜んでくれた。
聖女ミイにも返済するために十分な換金できる金銀を渡したので彼女も今ごろこっちの世界に戻ってきているかもしれない。
母親に話を聞くと大谷さんがいなくなった翌日に自宅の郵便受けに手紙が入っていたそうだ。国外へ大金を稼ぎに行くので警察や市へ捜索願いや失踪届を出さずに大谷さんと付き合いのある建築会社の社長にだけ、数年ほど不在にすると説明して欲しいと書いてあったそうだ。最初はとても心配した母親も定期的にお金が口座に振り込まれるようになったので、心配ではあるものの生きているのであればそれでいいと思ってくれていた。
元々、大谷さんは一人親方という他人に雇用されずに建築会社から下請けとして仕事を受けて働いていた。なので仕事の方は問題なく、借金も母親の口座に自動で振り込まれてきたものを大谷さんの口座に母親が移し替えて、ローンの引き落としに充ててくれていたそうだった。
大谷さん、次の日に金融機関へ行き、繰り上げ返済の手続きを行い、一括でローンの返済を終わらせた。これで晴れてマイホームが完全に自分のものになった。
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