第29話 大谷さん、ハンマーで連打する


「えい!」

「……」


 アピはロウソクに火をつけるとたいまつの火をすぐに消した。だが、グードモールに特に変わった点はない。これならどうかな?


「なっ、なにをしている!」

「え、ちょっと部屋が蒸し暑くて……ですわ」


 聖女ミイのモンスターボックスは、いろんな魔獣を閉じ込めたまま持ち運びができる。大谷さんの〝ストックヤード〟という亜空間収納スキルに似ているが、大谷さんのは生き物は収納できないが、モンスターボックスは魔獣だけを収納できるという違いがある。


 龍人アピが取り出し、黒いキューブから出したのは「スノーフラワー」という植物型の魔獣で5体出したが、花粉が強力な冷気を帯びているので、あっという間に室内が涼しくなってきた……。


「105回……勝った、ですわ」

「よくも卑怯な手を……」

「はて、卑怯な手とは?」

「部屋を冷やして、水滴の回数を増やすなんて認めん」

「それを知っているなら、たいまつをつけっぱなしにする方も卑怯な手では? ですわ」

「くっ」


 カラクリに気が付けてよかった。鍾乳洞の滴るドリップストーンとは地層のなかに含まれる水分が地層のなかから滲みだし滴下したもの。それに対してグードモールが仕掛けたカラクリはたいまつを焚き続けることによって室内の温度を上げて湿度を下げるというもの。それにより部屋が乾燥し、水滴の速度がわずかだが遅くなる。


 このゲームを仕掛けられた側は、様子見のために2番目を選ぶという時間差を利用したトリックだった。


 ロウソクをつけたあと、まずたいまつを消した。次にスノーフラワーで湿度を上げて、室内の気温を下げた。そうすることで賭け事のスタート時よりも「露点・・」を引き下げて鍾乳洞の水滴の滴下速度を上げることに成功した。


賭札チップは〝命〟でしたっけ? ……ですわよね?」


 

 アピには難しかったかもしれないが、大谷さん、日本にいた頃に建築工事で空気圧縮機を扱っていたので露点の特性を知っていた。空気圧縮機というのは文字通り空気を圧縮して、外壁に塗料を吹きつけたり、削岩機と呼ばれるコンクリートなど硬いものを壊すのに使う機械になる。露点については中学校で習ったそうだが、大谷さん完全に忘れていた。でも空気圧縮機にはどうしても水分が含まれているためエアードライヤーという水分を取り除く装置があり、露点管理が重要なので仕事のなかで思いだしたというか覚えた。


「クソが!」


 本性がようやく出た。ある意味、大谷さんホッとする。この口の悪さには聞き覚えがある。たしか聖女と呼ばれている大谷さんの同郷のひともこんな感じ。


 実は大谷さんとアピもトリック・・・・をグードモールに仕掛けていた。大谷さんの秘策、新スキル〝ICT〟──インフォメーションなんたらという長い名前だが、日本では建築業界のみならず医療や教育現場など、いろんな分野で始まっているコミュニケーションと情報共有を行う技術を指すことば。高齢化が進む日本では喫緊の課題になっており、急速な普及を目指して大きなビル工事の現場などではすでに運用が始まっている。図面が紙ではなくて、タブレットだったりする。ひと昔前までは施工状況をデジカメで撮影してパソコンにダウンロードして、メールで送信したり、サーバに手作業で保存したり、というのをしていた。だが最近ではスマホで撮影すると、ネットワー上の保存領域に格納され、情報が自動で共有化されるなどすごく便利になった。


 たぶん、大谷さんのスキルって元居た世界……日本で経験したものが具現化したスキルなんだと思う。そう考えるとすんなり納得できる。じゃ聖女ミイのスキルっていったい……と別のことを考えてしまうが、気にしないでおこうと心に決めた。


 この〝ICT〟スキルを使ってアピの五感を共有、操作していた。口ぶりがおかしかったのも大谷さんがアピを操作していたため。このスキルは相手がその干渉を拒んだらできないため、あくまでこのスキルの特性を知っているひとで共有を了承したもののみに有効。


 グードモールが、自分で決めたはずのルールをあっさりと破り、アピに襲いかかろうとしたのでアピの操作を解除する。彼女はグードモールの攻撃に応じ始めた。


 さすがは魔族の幹部だけあって、アピが最初から劣勢に立たされる。筋肉の塊なのに頭脳戦を挑んできたので大谷さんの中で見かけ倒し説が浮上していたが、撤回しなければならない。


 ふたりとも武器は持っておらず素手で戦闘を行っている。アピは蹴り主体でグードモールは拳のみの対照的なスタイル……大谷さんが邪魔できないようにグードモールの手下が大谷さんに群がってくるのでアピの援護に回れない。



 このままではアピがやられてしまい、大谷さんはあのふたりのスピードについていけないからあっさり捕まってしまいそう。


 ここは発想のアップグレードをする。

 

「レンガ×100×100」

 

 大谷さん、入口をレンガで塞ぐ。これ以上の増援が入ってこれないようにした。次に聖女ミイのモンスターボックスで〝三眼狼サーヴォルフ〟を喚びだし、背中に捕まり、室内に残っていた魔族を振り切り、アピの元へと移動する。


 みると、アピがうつ伏せに倒れて、グードモールがとどめを刺そうと拳を高く振り上げているところだった。


 間一髪でアピを三眼狼サーヴォルフがくわえると同時に大谷さんが狼の背中から飛び降り、油断していたグードモールにスキルを発動した。


「ハンマー」


『ゴッ……』──快音とともにグードモールを叩き潰す。大谷さんのハンマーは質量が1tくらい。腕の1メートル先にハンマーがあるので振り下ろす速度が100キロくらいだとしたら、80tくらいの衝撃力が加わったと思う。


「くっ……貴様」


 あ、まだ動けそう……。


「ハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマーハンマー」……。


 よし、動かなくなった。でもまだ生きてるっぽい。今のうちにはやくここから立ち去ろっと。




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