第26話 大谷さん、罠にかかる
「もうダメ、これ以上走ったら、胃液をブチまけそう」
「普段、運動しないから」
「うっせー、ヲタクを舐めんなや」
大谷さんと聖女ミイが走りながら軽くじゃれていると、追い掛けてきていた魔族が部屋の手前でピタリと足を止めた。広い部屋……奥には出口があるので普通は一直線にそこへ向かうべき。だけど大谷さん、イヤな予感がした。
「みんな散っ……」
言い終える前に罠が作動した。一瞬で足元がなくなり、皆、落下していく。大谷さんはかろうじてスキル「テレハンドラー」で安全な地面を掴んで落下をまぬがれた。もうひとり落ちなかったのは背中に羽を生やした龍人族ミイだけ。
大谷さん、安全な場所に降り立つと部屋の中心から半径10メートルくらいが落下トラップになっていた。底をみても薄暗くてよくみえないが、即死性の罠でないことを祈るばかり。
おや? 奥の方からこの部屋へ誰か入ってきた。他の魔族と違って人間の姿に近い男。だけどサイズがおかしい。優に2メートルを超えている。体組成機能つきの体重計に乗せたら、骨格筋率100パーセントと出そうな筋肉でできた男だった。
「おや? 龍人族の娘だけを残そうとしたのですが……」
あ、大谷さんも落ちてた方が良かったかも……。
いってぇぇぇ~~~っ!!
落とし穴に落ちて途中で穴のなかが分岐してて、私こと聖女ミイは他の部屋へ2メートルくらいの高さの滑り台から放りだされた。
くそぉぉ、これが市営公園の遊具なら市役所に匿名でクレームを入れてやるのだが……。
「聖女さま、お怪我はありませんか?」
「大丈夫、尻はわりと頑丈な方だから、そっちも大丈夫?」
同じく尻もちをついたカナヲが心配してくれた。──いるよね~こういうなんでも気が利く女子……嫌いじゃないぜ?
「ええ、私は大丈夫です。バフォンもあのとおり」
おう……デカいのによく小回りがきくな、クルっと回転して見事に着地を決めて何事もなかったかのように済ました顔をしている。
真四角な造りであきらかに人工物の漂う部屋……中央にロープが一本あって、見上げると20メートル以上もある高さのところに水泳の飛び込み台みたいなのにぶら下がっていた。
「ふふふっ、デカい奴、元オーガでしょ?」
「……誰だ?」
音が反響してどこから聞こえてくるのか分からないが少年の声がした。バフォンは相手の正体を確かめるべく質問したら意外にも返事があった。
「ボクはワリエリ……レビンっていうオーガの女戦士を知ってる?」
「……仲間だ」
「やっぱり……じゃあ、あの女から受けた傷の責任を取ってもらわないとね」
コイツはヤバそうだ。発言がサイコすぎる。
「真ん中のロープはひとりしか登れないようにできているよ」
ふたり以上ロープに登ろうとすると切れてしまう仕掛けになっているらしい。壁の隅っこの床が何か所かぽっかりと穴が開くと魔族がせり上がってきた。
「誰が登るの? ねぇ? はやくしないと魔族に襲われちゃうよ?」
ヤベー。興奮している声が部屋のなかで響いている。ここで殺し合いでもさせようってか? 蜘蛛の糸じゃあるまいし、趣味が悪すぎるんだよな、この●たおかが。
「バフォン、これ」
「承知した」
部屋の角に移動してなるべく死角をつくらないようにしながら前面の魔族をバフォンが蹴散らし、カナヲが魔法で狙撃しているが、これではジリ貧、長くはもたない。私は黒い玉をバフォンに渡すと彼は黙ってそれを上空へと高く放り投げた。
「気でも狂ったの?」
「うっせーサイコ野郎! おまえにだけは言われたくないわっ!」
言いたいことが言えたのでスッキリした。すぐにスキル「ポータル」を生成してバフォンが投げてくれた20メートルも上にある脱出口に飛んで行った黒い玉の方へテレポートした。
「どっち?」
「私もわかりません」
「どっちでもいい」
部屋から抜け出せた私たちは人工の通路で丁字路にぶつかった。左右に伸びる通路。どちらも薄暗くて先が見えない。
いや、私も決断力なんてねーし……。カナヲもバフォンも聖女が決めたらいい、という他人任せスタイル。大谷がいたらどっちがいいのかすぐに導き出すのだろうが、私に振られても困る。
ここはあれだ。定番の
「どちらにしようかな、神さまの言うとおり……」
ちなみにこの「どっちの神さま」という童謡って日本全国で地域ごとに無数のパターンがある。前半は「神さま」か「天の神さま」が多くて、歌の後半部分は「柿のたね」とか「鉄砲を撃つ」、「あべべのべ」や「なのなのな」などバリエーションが多すぎて、もはやどれがオリジナルなのかもよくわからない。
あ、ダメだった……。私が交互に指差しして選んでいたら、左側から大量の魔族が走ってきた。くそーっ強制的に右の通路に駆けだす。
先ほども大谷に言ったが、体力に自信がないので、足止め用に3匹ほど「マッドボア」と呼ばれるひたすら突進する魔獣をスキル〝モンスターボックス〟から解き放って魔族へ突撃してもらって時間を稼ぐ。
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