第24話 大谷さん、万の大軍を破る


「オータニ様は恐ろしい」


 町長オズは長城に辿りついた魔族を遠方からオータニ様が作った〝望遠鏡〟で動きを見張りながらつぶやいた。


 物見の報告では最初、魔族は1万を超える軍勢だったが、魔獣やトラップによる連弩やバリスタの自動連射のカラクリで半分以下に数を減らしている。


 あと、今城壁に立っている魔族の多くが満足に動けないはず。連弩の矢には麻痺毒が塗ってあり、猛獣でも動けなくなってしまうほどのもの。強靭な肉体を持つ魔族だからこそ動けているが、おそらくチカラは全然出せないだろう。


 オータニ様の怖いところはその未知の技術だけではない。


 ──優れた洞察力。ひとでもモノでも一度観察したものはすぐにその能力や習性をオータニ様に差し出しているようなもの。


 魔族は撤退などしない。誇り高いのかもしれないが、それを上手く利用して数を減らした。まず、モンスターボックスで捕まえていたマッドボアを一斉に突撃させた。オータニ様はマッドボアを本来〝デンキ〟なるものを作るために半年以上前からコツコツと集めていたそうだが、急遽、対魔族のために使用することを決めた。


 次にロックガンと呼ばれるパラメア大森林北部にある岩山に生息する魔獣を大量に捕らえて、周囲の岩場に紛れさせるために長城づくりと同時にすでに前面側へ放っておいた。


 あと魔族の全軍が動くタイミングでヒューリーと呼ばれる魔獣を解き放った。ヒューリーというのは可燃性の糞尿を垂れるコウモリの魔獣で洞窟など暗く湿った場所を好むのでそういったところをくまなく探し、大量に確保していた。この罠は保険かつ切り札として最後に切る予定になっていて、オータニ様の見立てではその前に決着がつくと想定されているのだから、なお恐ろしい。


 囮役の元ゴブリン達が、長城の城壁近くまで近づき魔族を煽る。それに気が付いた魔族はすぐにゴブリン達を追いかけ始めるが、彼らは狼の魔獣、三眼狼に騎乗しているため、足が速い。そのままグングンと魔族を引き離してある場所を通って、すぐに進路を変えて真横へと進み始める。魔族もそれに伴い進路を変更した。彼らには人間のように統率されておらず、長い壁から飛び降りたのでほぼ横一列で追いかけているのもオータニ様の読み通り・・・・……。


 見事に次の罠に掛かった。魔族たちは突然、目の前でなんの感触もなく体が地面に吸い込まれていくので叫び声をあげる。だが勢いは止まらず、次々と罠が仕掛けてある地面へと呑み込まれていく。


 これはミラージュトードという幻影を周囲に展開するカエルの魔獣を使ったトラップ。魔族が地面に見えているところは深く掘りこまれた溝。元オーガのマエロンが作った空気よりも重い毒ガスが溝の底には充満しており、落ちた者をもれなく死に至らしめるという秘策だった。


 そもそも長城づくりは、このパラメア王国側に掘りこんだ溝を隠すためのもの。魔族の斥候がどんなに長城を遠くから観察しても、内側でこんなに大規模な罠を仕掛けていたとは思ってもみなかっただろう。


 だが、途中で苦し紛れに魔族のひとりがジャンプをして溝を飛び越えたのを機に次々と溝のトラップを乗り越えるものが増えはじめた。


 だけどすでに手遅れ。数は10分の1以下になっており、残りを直接叩くため、町長オズは元ゴブリンや元オーガ、エルフ、ドワーフといった者たちに次の指示を出す。


 隠れていた茂みの中から一斉に前方へ出て、鉄でできた大盾を前面に出す。盾の下部には杭がついており、頭部は平たく処理されている。ハンマーを持った班が数回頭部を叩き、地面へ強く固定する。


 数が減っても魔族たちの攻撃性は変わらない。こちらの数が多いのに怯むことなく、突撃を再開する。


 ところでパルメア王国側は全員、オータニ様が作った〝ゴーグル〟をつけている。ガラスとゴムでできていて目を保護する役割を持つ。


 とてつもない衝撃が大盾に伝わり、盾の下部にある杭がひしゃげていくが、ドワーフやオーガといった力自慢が防波堤の役割である大盾を内側から支えた。


「今ダボ!」


 元オーガの細いカラダをしたマエロンが号令をかける。すると後方に控えていた元ゴブリン達が手元にある革袋の口を結んであった紐を解いて、盾の向こうにいる魔族の元へと次々に放り込んでいく。


 革袋の中身はオータニ国王直属の配下である錬金術師マエロンが発明した目つぶしの粉。目に入るとしばらく視界が真っ暗になる蛾の魔獣、ブラインドモスの鱗粉を色んな薬品を混ぜて再現したもの。


「よし、行け!」


 そう叫んだのは元オーガのバフォンとマエロンとまだ村だったゴブリンの集落にやってきた女戦士〝レビン〟──オーガの中でもバフォンに次ぐ戦士の中の戦士で、パルメア王国でも屈指の実力者。



 盾の杭を地面に刺したまま、縦に回すと真横を向いた。すべてが計算され尽くした戦法で大盾の間を縫って大斧や槍を持ったゴブリン達が、目がくらんでもがいている魔族の首を落とし、急所へ槍を突き立てていく。


「引けぇぇぇぇ」


 前線より少し後方へ控えている町長オズにも聞こえる大音声だいおんじょう……。声のした方向をみると、頭に角を生やしているもののそう人間と変わらない外見の金髪の少年がいた。どうやら魔族の指揮官らしい。彼の一声でこれまで最後のひとりになってもけっして退くことのなかった魔族がここで初めて撤退に移った。


「切札を使うダボ!」


 マエロンの合図で背後に待機していたエルフと元ゴブリンの弓兵が油を染みこませたやじりに松明の火を移し、背を見せた魔族へ一斉に火矢を浴びせかける。


 よく燃える。魔族全軍が動き出した時に連中にコウモリの魔獣ヒューリーの可燃性の糞尿を上空から万遍無く魔族に振りかけておいたので、勢いよく燃え盛り、隣の魔族にもその炎が伝播して火の海となった。


 このヒューリーの糞尿による火攻めは、相手が背を向けたとき、またはこちらの防衛陣が破られた時の保険だったが、うまく行った。


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