第23話 大谷さん、魔族と対峙する
窓のない広大な部屋、
入り口から敷かれた長い絨毯に続く先に3人の男女が立っている。彼らは数段高くなった部屋の奥の玉座に腰かけている人物へ視線を向けている。
「それでは私が行ってまいります」
「いや、アンタが行ったら根絶やしにしちゃうからマズいんじゃね?」
「そうだよ、ボクに任せてよ」
全身が筋肉の塊のような巨躯の男、真っ黒なメイド服を着た女、半袖短パン姿の銀髪の少年が順番に発言した。
「ワリエリ……自信はあるのですか?」
「当たり前じゃん、この
「私はパス、汗かきたくないしー」
3人で話し合っているなか、玉座の人物が3人へ命令する。
「ワリエリに任せる」
「はい、頑張ります」
ワリエリは、軽く会釈して大広間をあとにした。すぐに部下に指示を出して、出発の準備を急がせた。
標的は先ほども話の出た龍人族の生き残りの少女と別の世界からやってきたふたりの男女……。なぜ捕まえてくるのかはワリエリは聞かされていないが、正直どうでもいいと考えている。
彼の関心は今、別のことに注がれている。
一般兵の報告では、その国の料理は異世界の人間が国の中枢にいるお陰でメシと水が美味しそうだという情報があった。グルメなワリエリにとっては、すぐに国を支配して使える人間以外は皆殺しにして、残りを奴隷として飼ってやろうと意気揚々と出立の準備をしていた。
なのに邪魔が入った。
この地から北方にあるディモスという人間の国が攻めてきた。先ほどの玉座に座っていたものからパラメア王国を潰す前にディモス国の軍を撃退するようワリエリへ指示がきた。
まあいいさ。メインディッシュの前の前菜にちょうどいい。整えた軍を東から北へ向けた。
数日後、見晴らしのいい平原で対戦することになったが、向こうは3千人といったところ。ずいぶんと見くびられたものだと怒りを覚えたが、ワリエリはすぐにおもしろいことを思いつき顔を歪ませた。
数はこちらが多いが、同じ数だけ前線に立たせる。人間は剣や槍で武装しているが、そんなものは魔族にとってはたいした障害ではない。戦端が開かれると待っていたのはただの一方的な蹂躙だった。
ワリエリは潰走して無様に逃げ惑う人間をみて、手を叩いて喜ぶ。彼はグードモールという同じ序列の武人とは違って弱い者イジメが大好きだ。ワリエリは撃退だけの命令をうけていたが、追撃の手を緩めず、散り散りになった人間を見つけてはなぶり殺しにした。そして、数十日かけてようやく指揮官を見つけた。
指揮官を処刑したあともワリエリの気はおさまらなかった。ディモス軍を完全に壊滅させたワリエリはそのままディモスという国を地図のうえから消してしまいたい衝動に駆られたが、思いだした。
こんな連中よりももっと美味しそうな連中がいることを……。
二週間後、ワリエリは自ら率いる魔族の軍とパラメア王国最西端へとやってきた。
くくっ、これだからこの国はおもしろい……。亜人と元魔物が中心の国だが、異世界からやってきた人間が実に愉快なことをやってくれる。
見渡す限り真横に広がる壁……こんなもの、つい数か月前までなかったと兵から報告があった。
ワリエリは、北方で戦ったディモス国と同様に3千人の兵だけを送り込むことにした。これで簡単に潰せるようなら興ざめもいいところだが。
いっこうに向こうからの動きがないので、ワリエリは勝手に進軍を始めた。策など必要ない。個々の戦闘力が人間を遥かに凌駕している魔族にとっては、陣形なんてものは必要ない。ただ横一列になって、敵の首を誰がより多く奪い取れるかの勝負にすぎない。
するとこちらの動きに合わせたように長い壁のあちこちに複数ある分厚い扉が開け放たれた。扉の中から現れたのは突進して相手を吹き飛ばす魔獣、個体でしか活動しないはずなのに大量に群れをなしている。どうやってこの獰猛な魔獣を手懐けた? またたく間に横一列だった魔族たちは吹き飛ばされ、吹き飛んだ先でもまた別の魔獣に吹き飛ばされる光景が目の前に広がっている。
その突進してくる魔獣の網を掻いくぐった下級魔族は、今度は岩山だと思っていた魔獣に襲われはじめた。自分のカラダにくっついている岩を飛ばして攻撃してくる厄介な魔獣で、その魔獣が壁に近づこうとした魔族に岩をぶつけて行動不能にしている。
すこし甘くみていた。ワリエリは率いている魔族全軍……残り約1万の軍を一斉に突撃させることにした。
あの壁すら突破すればこちらのもの。お目当ての人物以外は全員、根絶やしにしようと考えた。料理や水もあの人間たちが持ち込んだものだろう。拷問にかけて作り方さえ聞ければそれでいい……。
全軍が動き始めると今度は向こうにも動きがあった。壁の向こうから大量の黒い塊がこちらの上空へとやってきて、なにかベタベタする液体を撒いている。だが、特に痛みなどもないため、無視して突撃に集中する。
突進する魔獣も、岩の塊を飛ばしてくる魔獣も数に物をいわせて無理やり撃破した。その勢いのまま、壁に近づくと壁の上面から一斉に射撃を受けた。壁のすぐそばの地面は掘りこまれて溝になっていて、そこから壁をよじ登ろうとしたところだったので、連射してくる矢や巨大な矢の被害を受け、かなり犠牲が出た。先ほど、突進してきた魔獣が出てきた橋はすべて縄を切ったら落ちる仕掛けが施されていて、すでに落橋している。だが、そこも強引に壁をよじ登り、制圧に成功した──はずだった。
「敵がどこにもいません」
伝令の魔族の言葉にワリエリは耳を疑った。
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