21話~30話

第21話 大谷さん、銭湯を作る


 大谷さんがこの世界へやってきて、2年が経った。

 母親への仕送りは、この国の生産性が上がったので2年間で1,000万くらい送金できた。この調子ならあと数年で借金を完済できる。本当は倍くらい稼いでいるが聖女ミイの方は大谷さんよりも日本での借金額が大きいので、彼女と収入をシェアして分け合っている。


 大谷さん、探していたものが見つかったので嬉しい。これがあると向こうの世界で世紀の大発見と言われているものができるようになる。


 今回見つかったのは天然ゴム。パラメア大森林の北方に原生しているゴムの木に似た樹種で、これまで人間がパラメア大森林北方をウロついていたので、衝突を回避するために北方へ足を踏み入れていなかった。だが最近になって人間たちがパラメア大森林から撤退したという情報が各方面から次々と大谷さんの耳に入ってきた。


 理由はどうやらカンデナ獣王国との争いが激化して、パラメア大森林まで兵を回す余力がなくなったのが理由のようだ。


 カンデナ獣王国とは友好を結んでいるので、パラメア王国の国民から援軍を送った方がいいのではないかと話しがあったので、兎人ルゥに交渉に行ってもらったが助太刀無用との回答があった。


 兎人ルゥが持ち帰った最新の情報では、勇者シドーの残虐ぶりが際立っており、女子供も関係なく手に掛けているそうだ。建物には火をつけ、井戸には毒を放り込む。休戦したいと嘘をつき、交渉役として送った国王の甥を殺害し、首を戦場で晒すという蛮行まで行ったそうだ。戦上手で知られているカンデナ獣王国国王〝ビゼン〟は これまであまり相手にしていなかったラクレン聖教国に対して〝刑戮の誓い〟という宣言をした。ラクレン聖教国が滅亡するまで徹底的に戦うか、無条件で降伏したうえで咎人シドーを引き渡すかの二択を突きつけた。休戦には一切応じないという断固たる姿勢はビゼン国王の強い怒りを感じるものだった。


 まあ、カンデナ獣王国から応援要請がくるまでは国内の整備や開発に力をいれておこうと思う。


 ゴムの木から樹液を採取するには木の幹を傷つけたり、樹皮を剥いだりするのが一般的で白い樹液を容器で受け止めて麦酒エール蜂蜜酒ミードで使用したレンブに似た実の種を使って発酵させて酢酸を作り、それを樹液に混ぜると硬化した。大谷さんのいた世界では樹液はラテックスと呼ばれ、硬化したものを天燃ゴムと呼んでいる。


 この硬化した天然ゴムを本来なら硫黄を加硫して、さらに加工をしていくのが一般的だが、硫黄なんて見つからないし、見つかっても噴火口のそばに露頭していたりするので、噴火口周辺の有毒ガスにやられでもしたら大変だし、生成した硫黄も有害な物質が出る。あと最大の問題点は元いた世界で人類の争いが激化した理由のひとつである火薬も作れてしまったりするので、ゴムを加硫する行為自体、やらないことにした。


 天然ゴムは熱にそこまで強くなく加熱するとベタベタするので火気厳禁で油にも弱い。だけどそれだけ気をつければ十分使用が可能なので、銅線を天燃ゴムを被覆させると絶縁体として機能し、大谷さんの計画である電気を流す受け皿ができた。


 磁石もあるので発電もできるが、その前にやっておきたいことが他にもある。


 現在、お風呂は川の水をくみ上げてきてシャワー室ならぬ、掛け水室なるもので風呂に入っているが、大谷さん、どっぷりと湯舟に浸かりたい。なので銭湯をつくることにした。


 鉄が加工できるようになったので、2階建ての建物の屋上にレンガで作った水タンクから配管をつなげて、2階の建物内に樽を横にしたような形の鉄製のボイラーを3つずつを並列で配置して、配管の先を1階の銭湯へと繋げた。これによりポンプ無しなのに水圧をかけることでシャワーや浴槽にお湯が供給できるようになった。そして残る1階部分を部屋割りして男湯と女湯にする。


 屋上への揚水は川の方に水車を作り、羽板と呼ばれる川の水が当たる横に木製のバケツをくっつけておく。川の水流で羽板が押され、回転して容器がいちばん上に来るあたりでバケツから水がこぼれ、上円部に設置した樋がそのこぼれた水を受ける。さらに歯車を3個噛み合わせて、銭湯の屋根の屋上まで別のバケツが自動で運ぶカラクリを作った。


 うーん、気持ちいい。

 大谷さん、銭湯のオープン前に一足先に湯に浸かってみた。実は大谷さん、銭湯に入るのは初めてだったりする。温泉には子供の頃、地方の温泉街に泊まりながら入ったことはあるが、銭湯という大衆浴場にいつか入ってみたいと思っていた。だけどまさか自分で銭湯そのものを作ることになるとは昔の自分には想像もできなかった。


 この日のために大谷さん、浴槽に浮かべるお盆用のミニチュアの舟を準備していた。舟には銅製のお猪口ちょこ徳利とっくりがジャストフィットして置けるようにできていて、大谷さん、酒ではなく葡萄水を入れて飲んでいる。だけどのんびりできたのは僅かだった。


「オータニ様!」


 銭湯の引き戸を勢いよく開けて飛び込んできたのはケーケー。ただならぬ雰囲気に大谷さん、すぐに浴槽から上がる。


「街の外れで、よそ者が戦っています」


 










「オータニ様」

「どういう状況?」

「はい、実は……」

 

 半年以上前にこの街から西へ行ったところにある鉄鉱山……その洞くつの中でいきなり襲ってきた頭に2本の角を生やした種族ともう片方も見たことのない背中に翼の生えた種族が争っている。カナヲやバフォン、エルフの戦士アルメが率いるそれぞれの戦士や魔導士といったパルメア王国が誇る精鋭部隊が見守る中、劣勢に立たされているのは翼の生えた種族の方。というのも角の生えた種族は50人以上いるのに対し、背中に羽を生やした種族はひとりだけ。言い換えると、ひとりでよく善戦しているといえる。囲まれそうになるとすばやく輪のなかから離脱しては一人ずつ的を絞り、ほぼ一撃で仕留めている。だが数が違い過ぎるので、羽の生えた種族に徐々に疲れの色が見え始めた。


 寄ってたかって襲っているあたり、角の生えた連中が悪者だと判断した。


 ではそろそろ助太刀しようかな。羽根の生えた女の子・・・の方を。

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