第20話 大谷さん、記憶をなくす


 麦酒エールづくりの準備として、まず酵母の仕込みをする。パン作りには本当はイースト菌というひとつの細胞のみで構成されるものの使用が適しているが、近代設備がなくイースト菌の生成法がわからないため、あきらめて天然酵母で代用することにした。


 準備していた円錐状のカタチをしたレンブに似た果実だが梨とリンゴの中間のような味わいがあるため、期待ができる。そのレンブをガラスでできた容器に水と一緒に入れて完全に浸かるようにする。しっかり密閉できる上蓋をかぶせて常温で数日、寝かせておく。


 次に大麦を脱穀して、浸麦という工程に入る。種に刺激を与えるため、水の入った容器に浸して3時間くらい経ったら、種を水のなかから一度出して、7~8時間空気にさらす。これを数回行うと種が発芽した。大麦が発芽したのを麦芽といい、この麦芽を煮て麦汁をつくり、寝かせてあった天然酵母を加え発酵させ、香草を加えると麦酒エールが完成した。


 大谷さんのいた世界ではホップという香りや苦みを引き出すのにつかう植物がある。効果としてはアルコール度数を高めたり、泡持ちを良くし、殺菌効果をあげる作用もあるので、探してみたが寒冷地に生育する植物なので高温多湿なパラメア森林とその周囲では見つからなかった。仮に麦芽を煮た麦汁へホップを入れたら、ビールになっていたが、止むを得ない。エールはエールで甘みがあって美味しいと感じる。ただ、殺菌効果が低い分、遠方へ運ぶには適していないのでご当地でしか楽しめない飲み物となった。


 パンは、現代でも簡単に作れるので大谷さんがサクッと作るとパラメア王国内に衝撃が走った。これまで肉や野菜、果物しか食べていなかった元魔物やエルフ、ドワーフたちのなかでパンを主食にする人たちが急増し始めた。

 

 蜂蜜酒ミードは割と簡単だった。蜂蜜と水と酵母のみ。こうしてパラメア王国では酒づくりとパンも作れるようになったので大谷さん、酒場でも作ろうかと考え始めた。


「よし宴……宴を開くぞ!」


 聖女ミイは酒には目がないようだ。聖女ミイの偏った情報で宴とは何たるものかを熱く語り、カナヲやケーケーが真剣にメモしていた。


 








「えーそれでは本日のパーリィの進行を務めるケーケーっす。それと……」

「バフォンだ」


 夕方から街の広場で宴が始まった。宴にはドワーフの長ベイマンや、エルフの幼女女王〝ミルファ〟、元ゴブリンのこの街の町長でカナヲの父親である〝オズ〟。カンデナ獣王国大使である兎人バビットのルゥ。そして水人族から王の娘シェナを客人として招いている。


 宴はケーケーとバフォンが司会として壇上へ登っている。そして、聖女ミイの言葉を鵜呑みにした人たちが、忘年会のノリで一発芸大会が開催されようとしている。


「それではエントリーナンバー1、カナヲさんっす」


「行きます……水精の同胞はらから、澎湃の水界。渦紋なる奔流で其を撃摧せよ……」

 

 いきなり水系の魔法を唱え始めてので、会場に集まっているひと全員に緊張が走る。


「〝巨鯨ワール・ホー〟──宴バージョン」


 江戸時代からある噴水術……水芸という出し物で古くから日本で愛されている伝統芸能が異国ではなく異界の地でお披露目された。普通はカラクリでやるところを魔法による力技で、ドパンドパンと地面から間欠泉のように噴き上がり、袖に控えていたケーケーが、巻き込まれ「ひどいっすーーーーっ」と言いながら放物線を描き、遠くへ吹き飛ばされていった。


「次……マエロン」


 バフォンに紹介されたのは、この街に最初にやってきた時にバフォンと一緒にいたオーガとは思えない程、やせ細った男。


「それでは行くダボ」


 大谷さん、語尾にダボをつけるひとを初めてみた。


「この工事中の建物は家ができるの? ……家っすイエス

「……」


「レンガで家を造ったら崩れんが・・・な」

「……」


「あの星、欲し・・いなー」

「……」


聖女・・様の頭は不正常・・・、イタいイタい……レンガを投げるのはやめるダボ!」


 聖女ミイがみんなを代表して、無言でマエロンにレンガを投げつけている。大谷さんはマエロンのダジャレは面白かったが、みんなは面白くないのかな?


「はぁはぁ……お次はエントリーナンバー3、水人族シェナ殿っす」


 あっ、遠くに飛ばされたケーケーが息を切らしながら、司会に復帰した。


「オータニ殿とかけまして、海と解きます」

「……」


「その心はどちらも底が深いでしょう」

「パチパチパチ~ッ」


 うーん、大谷さん、みんなの拍手の基準がわからない。



 その後も催しものが続いて、大谷さんは自分で作った麦酒エールをチビチビと飲んでいた。


『ボスッ』──大谷さんの隣にいつの間にか座った水人族のシェナが大谷さんに寄りかかってきた。大きな胸が大谷さんの腕に当たっている。


「オータニ殿、私、酒に酔ってしまったみたい」


『ポムッ』──大谷さんをはさんで反対側に兎人バビットのルゥが柔らかくて長い耳を大谷さんにくっつけてきた。


「オータニしゃま、ルゥと星を見に行くでしゅ」


 ふたりとも酔ってる……。


『ペタッ』──大谷さんの背後から抱きついてきたのは……。


「だめーッオータニ様は私とケッコンするのぉぉぉ」


 エルフの幼女女王ミルファだった。ちなみに未成年なので、果実水を飲んでいたはずだが……。


「大谷ぃぃぃぃ……」


 ゴゴゴゴッとエフェクト音が聞こえる気がする。豪快にエールを飲んでいた聖女ミイが大谷さんのところに顔をうつむけて表情が読み取れないまま、フラフラと近づいてきた。


 いつも大谷さんに当たりの強い聖女ミイ、飲んだらもしかして……。


「いつもゴメンね~!」


 ブリっ子上戸だった。そんな上戸ってあったんだ。みんな羽目を外して楽しそう。喜んでくれて、大谷さんも嬉しい。まわりの人からノンストップで酌を注がれて大谷さん、いつもよりお酒をたくさん飲んでしまった。


 ……あれ?


 意識が……。



 











「あれ、みんなどうしたの?」


 目が覚めたら朝になっていた。宴の会場で皆さんが神妙そうな顔をしている。


「オータニ様、お酒はほどほどにお願いします」


 カナヲが怯えながら、代表して大谷さんへ告げた。


 はて……大谷さん、いったい昨夜はなにをしたんだろう? 途中から記憶がなかったりする。

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