第14話 大谷さん、待ち伏せされる


 なんか黒い玉をもらった。

 彼女はどうやら小学校と中学校が同じだったそうだが、大谷さんは女子の顔をまったく覚えていない。そういえば男子の顔も覚えていない気がする。


 どうやらこの世界で彼女は人間側の偉い人のようだ。まわりにいた兵士たちが近づいてきて、「平民の分際で、この御方に話しかけるとは無礼な!」と向こうが話しかけてきたのに大谷さんのせいにされた。


 彼女は、まだなにか言いたげだったかが、兵士たちに囲まれて街の中へと入っていった。

 

 うーん、大谷さん以外にも日本から来てるひとっているんだ。でもなあ人間の方ってどうも大谷さんには合わない気がする。もう会うこともないし、まいっか。


 大谷さんはすぐに気を取り直してリクエルトスの街を出て、まっすぐ自分達の本拠地である街への帰途についた。


 暇なので、どうしても考え事をしてしまう。そういえば村や街に名前をつけてなかった。今やメインとなった街といちばん最初に訪れた村と他の2か所の村、そして海沿いに水人族と一緒に生活している村の5か所もある。呼び分けるためにも近いうちに街や村の名前を考えないといけないなー。あと早く帰って色々と試したいことがたくさんある。


 街を出て半日あまり。だんだんと木々の茂みが色濃くなってきたあたりで、大谷さんの背中から『キュイーーーーン』と異音が聞こえ始めた。背負っていたバックパックを下ろし、異音の元を取り出してみると大谷さんと元同級生の女性からもらった黒い玉だった。


 爆発するかも? と考え、近くの木の裏に置いて待避すると、玉のうえに異空間らしき黒い穴が現れ、中から元同級生が現れた。


 えーと、名前なんだっけ? さっき聞いたのにすぐに忘れてしまった。


「ここどこ?」

「森の中に入ったところだけど」

「これからどこ行くの?」

「オータニ様」


 場所を聞かれたから素直に答えた。さらに行先を訪ねてきたが、カナヲが警告する。大谷さんもこの辺は気をつけないといけないことは知っているから大丈夫。


「先に聞いていい?」

「なにを?」

「なんでそんなに焦っているの?」

「そ、それは……」


 元同級生は人間側の偉いひとだ。もし、大谷さん達が人間側ではないことを知って接触しているなら、危険と判断しなければならない。


 元同級生は観念したような顔でうつむいていた顔をあげ、大谷さんを見た。


「お願い助けて!」













 ふーん、聖女ね。

 聖なる女性……敬虔な信徒っていう意味かな? 勇者を育て助けると言われているんだ。まあ、大谷さん的にはあまり興味のない話だが、先ほどリクエルトスの屋敷で危うく殺されそうになったのでスキルを使って逃げてきたそうだ。大谷さんと街の入口で会った時に渡してきたのは、テレポートの到着先になるものだそうで、この世界の住人ではなく同じ世界から来た素性の知れた大谷さんに黒い玉を託したそうだった。


 まあ、殺されそうにあったのであれば、同郷のよしみで助けてもいいと思う。


「連れて帰っても大丈夫ですか?」

「オータニ様がお望みでしたら」

「この世界の人間じゃなければ大丈夫っす」


 カナヲとケーケーは、問題ないと答えてくれたので、聖女……えーと名前は。


千田 魅衣せんだ みい……ミイって呼んで」


 あ、名前を覚えてないのを分かってたんだ。自分でもう一度名乗ってくれた。ミイ、ね。今度こそ覚えた。


「じゃあ、ミイの捜索が始まっているはずだから移動しながらこちらの話を……」


 大谷さんの説明を聞いているミイは、いろいろ考えごとをしながら聞いているのか、特にリアクションはなく、静かに耳を傾けていた。すると突然、まったく予想していない方角から聞いたことのある声が響いた。


「これは聖女様、どちらへ行かれるのですか?」

「ヴズロ司祭……」


 ──待ち伏せされていた。見覚えのある男が木の陰から出てくると、一斉に周囲の茂みから兵士たちが静かに現れた。リクエルトスの街に向かう途中に会った常に笑みを絶やさない狂信者……大谷さん、この男とは二度と会いたくなかった。


 ミイの顔が引き攣っている。さすがに今回は待ち伏せしていただけあって、包囲網が万全なので、抜け出すのは困難にみえる。


「ところで、そこの異端者とはお知り合いで?」

「はい? えーと、さっきそこで会ったので、説伏したら、過去の過ちを認めて入信してくれました」

「ほう……悔い改めたのですか?」

「ええ、ペンダントも首に提げていますし」

「では、次にゴブリンと遭遇したらためらいなく神罰を下せますか?」

「ええ、もちろん。──そうだよね?」


 ミイが大谷さんに笑顔を向ける。大谷さんの答えは。


「いや無理」

「大谷ぃぃぃ! そこは嘘でも『はい』だろぉぉぉ!」


 無理なものは無理だし……それに目の前のこの男に嘘をついても無理だと大谷さんは知っている。


「聖女様、なぜ異端者の肩を持つのですか? そしてなぜ護衛もつけずにこんなところへ?」


 まあそうだよね。このヴズロという司祭は始めからミイが怪しいとにらんでいて、不自然な点を会話で炙り出そうとしてた。だから最初から何を言ってもムダ・・だとわかってた。


「ミイ、スキル」

「え? あ、そっか」


 動揺しているミイにこちらの意図を相手に気取られることなく、必要な情報を与える。なんとか意図を理解できたミイは、黒い玉を手のひらに発現させて、地面にぶつけると黒い穴が現れた。驚いて動きの止まった兵士たちの隙をつき、すばやくミイ、カナヲ、ケーケー、大谷さんの順番で黒い穴の中に飛び込んだ。


 大谷さんが飛び込む瞬間に聞こえたのは、ヴズロ司祭の笑い声。


「どこへでもお逃げなさい。でも最後にアナタ達の皮を剥ぐのは私ですから」


 最後に夢に出てきそうなセリフを聞いた大谷さんは、スキル「ポータル」でワープし、最初にミイと出会ったパラメア大森林の入口に立っていた。




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