第13話 大谷さん、「聖女」と再会する


 だるいなー。

 なんで私がこんな目に遭っているの?


 千田 魅衣せんだ  みい ──とある中学校で教壇に立っているが気づけば32歳で独身……学校では、おしとやかな美人教師(自称)を演じているが、中身は面倒くさがりなメンヘラヲタクである。


 推しの2.5次元アイドルや男性声優の追っかけはもちろん、関連グッズの購入にいっさいの妥協をしなかった結果、この歳で返済しきれない額の借金を作ってしまった。金融会社も教師という肩書きがあるので、多額のお金を貸してくれたが、複数の会社を渡り歩いたことで、孫の代まで私の借金のために働いてくれないと返済できない負債を抱えてしまい、今、まさに電車のホームから飛び降りようか迷っていたら、背中をポンと叩かれた。


 異世界案内人……借金を簡単に返済できる……なにこれ、嘘くさっ。

 訝しんでいると、異世界案内人は追加で情報をくれた。向こうにいる時間の分だけ若返る、と……。


「行きましょう」


 まあ騙されたと思って、やってみてダメならやめればいいし。

 返事をしたら、異世界案内人を名乗る男に軽く肩を押されて駅のホームから落ちて、目の前に迫った電車に轢かれた、はずだった……。


 次の瞬間、教会のなかで「ぎゃぁぁぁー」と叫び声をあげている自分がいた。


「おお、ついに聖女が降臨なされた!」


 聖女? なに言ってんだこのオッサン、と思ったが、まわりをみるとガチな何かの宗教団体の人たちに取り囲まれている。


 他の人よりも意匠の凝った僧服を身に纏ったオッサンが高らかに宣言すると、まわりの連中が涙を流しながら、拍手をしていて、正直怖い。


 この連中が言うには、私はまもなくこの世界に訪れる厄災──〝魔王〟に対して別界より聖女が現れて、同じく別界から来る勇者を育て、導き魔王を倒すという言い伝えがあるそうだ。なるほどね、いつの間にか本当に異世界転移したってことかな? まあ、この辺は重度のゲームやアニメに没入している身なのですぐに事態が呑み込めた。


 この国は聖教国という名だが、いちおう王様がいるらしい。だが、実権を握っているのは目の前のちょっと目が逝っちゃっているひと達……グリゴール教団が支配している。


 〝薬草生成〟〝ポータル生成〟〝モンスターボックス〟──私は聖女というだけあってこの世界の住人には使えないスキルが使えた。だけど、なんに使うのかはさっぱり。


 チヤホヤされるまま、一か月後、その勇者とやらが、私と同じように教会の中で時空を超えてやってきた。嘘だろ? 私が勤めていた中学で一番悪かった不良じゃん。


 名は〝獅童龍弥しどう たつや〟すごい名前すぎて聞き間違いかと疑ってしまうが、本名なのでたいていの人は驚いてしまう。

 彼の頭の上には他の人にはない名前が浮かんでいる。たぶん、獅童からみても私の頭に名前が浮かんでいるのだろう。おそらく元いた世界からやってきた人の証……。だけど他の人には私たちの名前は見えないらしい。


 数日経ったが、獅童のヤツ、勇者のくせに魔王探す旅に出ようとせずに遊んで怠けてばかり。私のことばもまったく聞こうともしないまま数か月経つと、だんだんと私と獅童をみる周囲の目が怪しくなってきた。


 ある日の深夜、トイレに行こうと暗い廊下を歩いていると、明かりの漏れている部屋があったので、そっと覗くと教団の最高司祭を筆頭にお偉方が集まってコソコソと話をしていた。


 内容は「聖女と勇者の排斥および新たな聖女と勇者の招致」──つまり、私と獅童の■害計画!?


 このままではヤバい。確実に■される……。


 翌日、私はそれとなく、地方へ国の情勢を見て回りたいと申し出て、無事、許可された。


 夜中にこっそり試したので、誰にも知られていないが、私のスキル〝ポータル生成〟は最大でふたつ生成することができ、ポータル同士の間をテレポートできるという異世界ならではの能力だった。


 地方に行って片方のポータルを設置して、もし、危険が迫ったら自分だけ脱出しようという計画を立てていた。


 地方ならどこでもいいという要望を出しはしたが、ラクレン聖教国の最南端……リクエルトスという開拓があまり進んでいない都市へ向かった。明らかに私を護衛しているというより監視しているような兵士たちと一緒なので、気が休まらない。


 リクエルトスに到着し、馬車から降りて、教団の建物に向かうべく街の入口に差しかかったところで、見覚えのある男に会った。


 頭の上に名前が浮かんでいる。大谷……小・中学校一緒だったが、ひと言も会話をしたことがない。そしてなにより、私はこの大谷が大の苦手だった。


 イケメンのくせに表情がない。女子にチヤホヤされても無表情……アッチ系かと思いきや、男子ともつるまない謎多き奇人、学生時代に観察していて気がついたのは、美術や図工の時間だけ目が輝くという、とにかくモノ作りが大好きな変わったヤツだった。


「ひ、ひさしぶり~」

「え、誰?」


 チクショォォォー、こういうヤツだったの忘れてたぁぁぁ。小学校と中学校で9年間同じ学校だったのに顔すら覚えてねぇぇぇ。


「千田……千田 魅衣せんだ みい、覚えてない?」

「うん、さっぱり」


 なんだろう? コッチは覚えているのに向こうは完全に記憶がないという圧倒的な敗北感……。


 もういいや……コイツに人間ひととしての真っ当な反応を期待している自分がバカだった。それよりも計画に役立ってもらおう。球体のカタチをしたポータルを差し出す。


「これ、受け取って」

「え、要らない。知らないひとから物をもらっちゃダメだから」


 落ち着けー我慢だ魅衣。ヤツはワザとじゃないんだ……きっと。


「〇△小学校と中学卒だよね? 昔、借りパクした消しゴムの代わり」

「そうなの? じゃあもらう」


 よかった。コイツが人間に興味がなくて、そんな些細な記憶などコイツには到底残っていないことを逆手に取った私の見事な作戦が功を奏した。



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