第12話 大谷さん、情報を集める
「街、なのかな?」
大谷さん達はようやく人間たちの住んでいるところまでやってきた。大谷さんの想像していた中世ヨーロッパを連想させるような綺麗な街並みとはあまりにも遠くかけ離れたお世辞にも美しいとはいえない街並み。
大谷さんはもちろん戦後何十年も経って生まれたので戦後の街並みをこの目で拝んだわけではないが、おそらく目の前の風景とそう違わないだろうと思った。
特に門番が入口に立っている訳でもなく、すんなりと街の中に入れたが、とにかく街のなか全体に漂っている臭いがきつい。ボロボロな木組みの建物が乱立して入り組んでいる小道を進んでいくと奥の方に柵が設けられ、大きな建物がいくつもあった。入口には兵士が立っていたので、大谷さん達はその前をスルーして、また入り組んだ路地へと入って行く。
帆布をいくつかの支柱で屋根替わりにした簡易な造りの食事をするところがあった。大谷さん達はそこに腰を下ろし、店の人に食事を注文した。
幸い人間の通貨は以前、大谷さん達を襲って返り討ちにあった追いはぎが持っていたお金を頂戴したので大丈夫。銅貨と銀貨がたくさんと金貨が10枚……金属は大谷さんのいた世界と共通していた。貴金属は腐食しにくいから硬貨として使用されていて、鉛や鉄などの卑金属は錆びやすいため、硬貨には向かない。
食事を注文する時にこの世界の価値を見定めるためにあえて料理の値段をいろいろと聞いたので、大体だが相場がわかった。
日本円と比較すると、銀貨1枚で1,000円くらい。銅貨が100円、金貨で注文できるような品が店にないので、直接、確かめることはできなかったが、銀貨と銅貨の価値の比率から10,000円以上はするだろうと予測できた。
「アンタらよそ者だろ?」
「店主―、もうひとつ同じものをお願いー」
「はいよー」
「……話がわかるじゃねーか」
大谷さん達が座っているテーブルにフードを被った男が腰かけ話かけてきたので、彼のために食事を注文してあげた。
「これでこの街と奥の立派な建物について教えて」
「いいだろう」
大谷さんが銀貨を数枚、男の方へ滑らせると、流れるような動きで男は銀貨を懐にしまいながら話し始めた。
この街はリクエルトスと呼ばれており、ここから北方にある大陸中央のラクレン聖教国の一部で3年前に未開拓のこの地へ開拓団としてやってきた人が多数を占めるそうだ。
だが、南に広がる魔境〝パラメア大森林〟と東に隣接するカンデナ獣王国という獣人族と呼ばれる亜人が治める国との紛争で、なかなか開拓が進まずに膠着した状態が続いているそうだ。
大谷さん、一気に地名やら国名やら出てきたので、覚えられたか怪しい。ケーケーも大谷さんと同じく記憶力が乏しそうだが、カナヲは記憶力がすごくいいので、あとで忘れたらカナヲに聞こうと思う。
もうひとつの質問に対して教えてもらったのは、今いる建物がボロボロなエリアは開拓民の人たちが住んでいるところ。そして街の奥の方にある立派な建物はグリゴール教の高位の教徒とラクレン聖教国の幹部たちの居住エリアだそう。明らかに貧富の差があり、身分の違いで扱いもだいぶ変わってきそうな有益な情報だった。思えばあの追いはぎ達も兵士崩れのはずだが、軍律が厳しく下級兵士の処遇はかなり悲惨だったので脱走したんだろうと想像できた。
「アンタらグリゴール教の信徒じゃないな」
「いくら?」
「ひとり金貨1枚」
「そんなに金は持ってない」
「ちっ、じゃあ一人銀貨5枚でいい」
金額の交渉において、こういう輩と最初から真っ当な取引などできないのは、なんとなく予想はしていた。だけど、あまりに値段でごねて見限られでもしたら兵士たちに通報されてしまうかもしれない。そんなことになったら大谷さん達、袋のネズミになってしまう。物事には引き際と決着点を正確に見定めるチカラが必要である。あくまでこの情報屋の男には大谷さん達は上客であり、今後も付き合うかもしれない、と思ってくれた方がいい。
銀貨を15枚、まわりに見えないように手のひらで伏せたまま男の手前に送る。男も大谷さんの手に替わり、すばやく硬貨を押さえた。硬貨の枚数を手の中の感触で確認した男は小さな包みを大谷さんの服のなかに捻じ込んだ。
「それは、グリゴール教の信徒である証のペンダントだ。こんなケチ臭い街だ。それを売る輩もいるってことだ」
男はそこまで言うと、大谷さん達の席を立ち、食事をせずに足早に雑踏の中に消えていった。
大谷さん達は信じられないくらい劣悪な料理が出てきて驚いた。調理方法はまともだ。問題なのは料理に使った水にあると思う。生臭い水……井戸水なんだろうが、あまり良い環境とはいえない。街に最初に入ってすぐに感じた異臭は排泄物の処理方法にある。街のなかをみるとあちこちにトイレと思しき場所があるが、仕切りのなかはおそらく穴を掘って、ひたすら糞便を埋めているのだと思う。こんなに多くの人間が暮らしているのにそんな方法では衛生面がいいはずもない。
大谷さん、あちらの世界では一介の職人なので、都市の計画なんてしたことない。だが整然とした都会で生活してきたので、なんとなくどうしたら住みやすい街ができるのかは分かっている。無秩序に誰が指導することなく、皆が思い思いに勝手に家やら店を建てたらこんな劣悪な環境になるんだ、と大谷さんは反面教師的な街をみて学習した。
うん、人間の勢力の文明レベルがわかった。鉄製品を作れるが
もう少し、情報を得たいところだが先ほどの男のように大谷さん達がよそ者だと見抜くものが出てくるかもしれないので街の出口に向かって歩きながら、グリゴール教の信徒であるペンダントを擬装用に首に提げながら向かう。
大谷さん、出入口に差し掛かったところで、ある女性と目が合った。
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