第10話 大谷さん、全力で逃げる


「なにをしているんです?」

「これは司祭様。その……奴隷を今から街へ送ろうと」


 町長の娘、カナヲを馬車からなんとか引き離して踏ん切りをつけた矢先に聖職者っぽい服を着た男がニコニコしながら鉄格子付きの馬車に近づいてきた。見張りの兵士が襟を正し、質問に答えた。


 大谷さんは知っている。必要もないタイミングでずっと笑顔を作り続ける人にまともな人間はいないことを……。


「それはなりません」


 笑顔で、への字になった目がうっすらと見開かれる。


「解放しますか?」

「いいえ、魔物は人類の敵……ここで殺処分なさい」


 ──やっぱり。

 大谷さんの予想が見事的中してしまった。狂っているとしかいえない司祭の登場で状況が一変してしまった。この流れはこのままでは大谷さん達にとっては非常にマズイことになる気がした。


「それなら私たちに売ってください」


 カナヲが、もう一度駆け出して行ってしまった。カナヲがそんな所業を見過ごすわけはないと思っていた。大谷さんももちろんそれは許すことはできない……彼らゴブリンはこの世界で魔物と言われようが、彼らが言葉を話し、人間なんかよりよっぽど友好的な関係を築くことができる生き物だと知っているから。だからカナヲを止めることなんてしないし、むしろ止めに行ってくれてよかったと思う。でもこのままでは終わらない。それはあの司祭の目を見ればわかる……なので、大谷さんはひそかにプランBの準備を始めた。


「あなた方は?」

「冒険者です。そのゴブリン達を殺すくらいなら奴隷として売ってください」

「あなたは、グリゴール教の信徒ですか?」

「……そうです。それがなにか?」

「そうです? 魔物を殺さないグリゴール教の信徒は背信者なのにですか?」

「──くっ!?」

「兵士の皆さん、この者らは異端者です。拷問ののち、死刑に処すので捕らえてください」


 簡単な誘導尋問にカナヲが引っ掛かってしまった。でも大谷さん、カナヲが介入した時点で予想はついていた。


「き、貴様……がふっ」

「主、はやく乗れ」


 大谷さんはすでに他のふたりにあるお願いをしていた。

 足の速いケーケーが近くの兵士を昏倒させて馬を奪い、バフォンが鉄格子付きの馬車に近づき、見張りの兵士を軽く小突いて吹き飛ばし、御者台に座り、馬車を走らせ始める。


 大谷さんは、まだ状況が呑み込めていないカナヲを抱え、馬車の御者台に乗せると、自身は鉄格子の上に這い上がった。


「逃げたぞ、追えぇぇっ!」


 兵士たちの包囲網を馬車で強行突破できた。だが、すぐに背後に数十頭からなる追撃が始まった。


 いやぁ、ホントは使いたくないんだよね……。

 大谷さんは自分のスキルは「モノ」を作るために授かったと考えているので、違う使い方をするのは正直、気が引ける。だが、捕まって狂信者に命を落とすまで拷問されるのはイヤなので、スキルを思い存分に使うことにした。


 大谷さんのスキル「レンガ」は、この1年間ずっと使っていたせいか、レンガ同士がピタリとくっつく以外にも色々とできるようになった。


 まず、最初の頃はステータス画面を開いて「レンガ」というボタンを1回押すたびにレンガが目の前に1個現れていた。だが、今では頭で「レンガ」と思うだけで、レンガが現れてるので大変便利になった。あと個数も指定できたりする。たとえば「レンガ×10」とか「レンガ×100」と思い描くだけで、その数が一気に現れるようになった。さらに100個の壁のレンガを思い描くとひと固まりの壁として最初から現れるので作業効率が跳ね上がった。


 そして、レンガを高いところに積もうとするとどうしても足場が必要だったりするが、大谷さん、先月になって新たに発現したスキル〝テレハンドラー〟──パワー重視の〝ショベル〟に比べると出力はそこまでではないが、遠くのものを掴んだりする精密な作業もできるため、地上から高いところにレンガを積み上げることが可能となった。


 そのふたつのスキルを同時に発動すると、巨大なレンガの球が出来上がり、それをテレハンドラーで、中世の攻城兵器である投石器……カタパルトを発射するように追手へ放つ。飛んでいった先ではレンガでできた球が爆発して、ボウリングのピンのように追手が四方に吹き飛んで落馬していく。


 落馬を逃れた追手たちが弓矢を射かけてくるが、今度はレンガを壁状に造り、テレハンドラーで持ち、盾替わりにする。


 大谷さんの他に御者台の隣にいるカナヲが樹系魔法で追手を馬ごと絡め取ったり、ケーケーが馬車の横で並走している馬のうえで曲芸まがいの身軽さをみせ、背後の追手に先ほど奪った弓矢で追手の馬を狙って騎乗している人間を強制的に落馬させている。


 追手の数が半分くらいに減った時点で彼らが距離を取り始めた。追手のなかに頭のキレる者が混じっていたのかな?……大谷さん達にとっては、近づいてきたものから数を減らしていきたいのにこれだと攻撃が届かない。このままだと馬車を曳いている馬が先にバテてしまう。


あるじ、前が!」


 馬車の手綱を握っていたバフォンの声で大谷さんは前をみると、すでに手遅れだった。


 道が途切れていて、谷の切れ間がある。だけど、馬車は簡単には止まらない。ケーケーはひとりで乗っていた馬から馬車の鉄格子へ飛び移った。


 ──そして大谷さんたちは馬車ごと、谷底へと落ちた……。




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