第6話 大谷さん、ガラスを作る


 大谷さんが異世界にやってきて1年が経った。

 その間に街の外壁部分は完成して川の両岸に架かった橋で外敵が押し寄せた場合、守るにしても逃げるにしても柔軟に対応できる都市ができつつある。


 この街を造り始めて半年が経ったが、その間に炭鉱ひとつの銅では不足し始めたことから、今いる街を中心に四方に調査隊を派遣し、2か所の銅山を見つけた。


 大きく変わったことが3つあった。ひとつはこの半年で、さらにゴブリン達が増えて元々の村以外に居住できるスペースを同時に2つ作り始めたこと。ふたつ目は、調査隊の報告により、ここよりさらに10日ほど南下した川下に〝海〟を発見したこと。そして三つ目が、水人族アクアというゴブリンやエルフ、ドワーフなどの山や森の民たちとは面識のない種族が、海を治めていることがわかった。


 大谷さん、さっそく護衛のほかに交渉役としてエルフの女王、ドワーフとゴブリンの長と一緒に行ってみた。


 海岸に到着すると立派な帆船が停泊していて、桟橋もちゃんと造られていた。陸地に建物はあったが倉庫として使っているようで、居住用では無さそうな造りをしていた。


 大谷さん、さっそく船の上にいる水人族と思しき戦士に挨拶をすると、鷹揚としていた水人族の態度が急変し、船から10人ほど飛び降りてきて、大谷さんに槍の穂先を向けてきた。


「お待ちなさい」


 エルフの女王が間に割って入る。左右には彼女を護衛するエルフの戦士たちが控え、一触即発の空気が漂い始める。


 まだ少女と呼べる年齢であるエルフの女王が、青い肌を持ち、脇と手指に水掻きがついた青い肌をした水人族に大谷さんの説明をする。


「槍をしまいなさい」


 船の上の方から声がした。大谷さん達が見上げると、若い女性の水人族がジャンプして「とっ」と軽い音とともに桟橋へと降り立った。


「なるほど、では皆さんは人間と敵対していて、その方はこの世界の人間ではないと……」

「まあ、そうじゃな、付け加えるならワシらの命の恩人じゃ」


 後ろで巨大な青銅製の大斧を肩に掛けているドワーフの長が補足してくれた。


「それで、海にはどういったご用で?」


 まだまだ心の距離がありそうだが、大谷さん、細かいことは気にしない。てっとり早く用件を素直に伝える。


「こちらは山の恵みを、そちらは海の幸を互いに交換したいんですが」

「それは助かります。我々がこの場所に留まっているのはまさしくおかの食糧が欲しいためなので」

 

 とりあえず、物々交換の話はすぐに成立した。次は……。


「ここに中立の村、ですか……それは我が父に相談する必要があります」


 彼女はどうやら水人族アクアの王の娘、つまり姫のような存在にあたる人物で、今、この場にいる水人族は全員、彼女の命令に従っているようだ。


 ここに村を造れば、彼らと共同で生活することになる。食料などの交換はもちろん、外海への航行の許可や造船技術や操船技術を教えてもらえる可能性だってある。彼らもこの近くで森の中での狩猟方法や、平地での農耕作の技術を習うこともできて、互いにメリットばかりな提案だ。

 

 そして、ここでも彼らは人間と敵対しているそうだ。この大陸には今いる場所のような人間が入り込んでいない陸地が少ないそうだ。ここを人間に占拠されないように森の住人と手を組むのは水人族にとって断る理由はなさそうだが、体面を気にするあたりはエルフに似ているかもしれない。


 水人族の王の許可が下りるまで退屈なので、ガラスを作ってみることにした。この世界の人間はすでに作っている可能性が高いが、ゴブリンを始め、エルフやドワーフもガラスの存在すら知らなかった。


 ガラス用の炉を造って、石英が風化した砂……珪砂と、水人族から譲ってもらった海藻を灰にしたもの……ソーダ灰をコンクリートを作る時にお世話になった石灰と混ぜて、炉の中で高温に曝し、赤熱して融けたものを空気を吹き込んで、ガラスの容器を作ってみた。多少、不純物が混じっているせいか、透明なガラスとまではいかなかったが、使用する分には十分な強度だった。


「なっ、こんなものまで作れるのですか?」


 水人族の王に許可をもらいに行った王女はガラスの器を見て、大層驚いてくれた。大谷さん褒められると素直にうれしいので、作ったものをお近づきの印にすべて水人族の人たちにプレゼントした。


 ホクホク顔の水人族の王女が、王の言伝を大谷さんたちに告げる。


『オッケー』──本当は「森の民よ、我ら水人族は貴殿らと友好の結びつきを深め、この地で共に村造りを行いたく……」と長かったが、大谷さんの頭には数文字しか入ってこなかった。


 この場所を港と村を作り、海からの食糧や、加工するための原料が多く手に入るルートを確保したので、大谷さん的には満足だった。


 村は、元ゴブリンの護衛の中から、若い衆を引っ張っていけるものと数人を残し、一度、街への帰途についた。





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