第4話 大谷さん、エルフに提案する
ゲバラトの群れに襲われたエルフの里は木々は倒れ、荒れた土は黒く色を変え、鳥のさえずりや虫の音が聞こえない静寂に包まれていた。
『キュキュ?』──ゲバラトの一匹がなにかに気が付くと、他のゲバラトも一斉に顔を上げる。
ゲバラトの大好きな豆が入ったカゴを背負った人間が、全力で走って遠ざかっていくのが見えた。
『キューーーーーッ』──号令の合図なのか、ゲバラトが走り去ろうする人間を追いかけ始めた。あまりにもその数が多いので、黒いひとつの生き物のようにうねりを上げて森を移動し始めた。
人間が全力で走っているので背中のカゴからポロポロと豆が落ちる。それをゲバラトの真っ暗な渦に呑み込んで消えていく。
カゴを持って走っているのは、大谷さんと一緒に炭鉱捜索に行った際、いちばん最初に洞窟の中に下調べに入ったゴブリン。ゴブリンの村のなかで、いちばん足の速い彼は追いつかれまいと必死に走っている。
目の前に谷が見えたので、背負っていたカゴを後ろへばら撒くように投げ捨てる。すると背中のそばまで迫っていたゲバラトの群れがカゴからばら撒かれた豆に喰らいつくため一瞬、足が停まる。
その間に足の速いゴブリンは谷に渡している木の板をダッシュで渡り切る。ゴブリンが渡り切ったと同時にゲバラトの群れは、もっと大量の豆が谷の向こう側にあるのに気が付いた。
「今です」
大谷さんの合図のもと、板のバランスを支えていた二本の綱を切る。板はちょうど真ん中に銅でできた棒で支えられているが、板の左右どちらかに少しでも重心をかけると、くるんと横へ回転する仕掛けが施されている。
「オータニ様、ヤツらはいったい?」
息を切らしがら、この谷までゲバラトを誘いだした足の速いゴブリンが大谷さんに質問した。
「彼らゲバラトは私のよく知るネズミと習性が一緒でしたから」
ネズミは自分の食欲を満たすため、目の前にエサがあったら簡単に飛びついてしまう。さらに言うと知性が低いため、仲間が目の前で罠に掛かっても学習しない。板が回転して、次々と……そして延々と谷底の急流な川へと落ちていく。
すべてはエルフから聞いた情報を基にゲバラトがネズミとほぼ同じ食欲最優先である習性を利用した罠だった。大谷さんは過去にリフォームを手掛けた家で、ネズミ被害に悩んでいると施主から相談を受けたことがあったので、その時に考案したバケツ罠をヒントに大掛かりな仕掛けを用意した。
ほとんどのゲバラトが谷底へ落ちたのを確認したあと、用意していた梯子で谷を渡る。大谷さんの護衛のゴブリン達が剣や槍を使い、まだ残っていたゲバラトを倒しながら、エルフの里へと進んだ。
里の中にはゲバラトが一匹もおらず、谷へ全部追っていったことがわかった。
ひどい惨状だった。ゲバラトはエルフの民が時間をかけて作った樹上の住処をことごとく食い散らかしていて、腐臭もひどい。
大樹の入口を同行していたエルフの戦士が戸を叩き、自分の名を大声で名乗る。すると扉の向こうからカチリと音が鳴り、不思議な魔法がかかった木の扉が開いた。
「女王よ、よくぞご無事で」
大樹の中にいたのは、女王と呼ばれた少女とお付きの女性の護衛2人のみ。
エルフの戦士が、ゴブリン達が人間の姿になったこと、大谷さんという異世界からやってきた人間の存在がゲバラトを根こそぎこの里から取り払ってくれたことを説明した。
「オータニ様、この度は私たちの里をお救いくださりありがとうございました」
女王は礼を口にするものの、「ですが……」と話を続けた。
「私たちは大樹とともに生きる者、お礼を述べることしかできません」
大谷さんは身勝手にも聞こえる女王の言葉は気にならない。でも他に気になることがあった。
「この里は元通りにできるのですか?」
「ええ、私の精霊魔法があれば」
まだ幼女と少女の狭間にいる女王は魔力がエルフの里の誰よりも高いそうだ。何年かかるかはわからないが、森の自然のチカラを促進させれば、朽ちてしまった木々もいずれ元に戻るだろうと教えてくれた。
「でしたら……」
大谷さんは気位が高く、施しを屈辱と捉えかねないエルフの女王を刺激しないようにしつつ、ある提案を持ちかけた。
エルフの女王たちが、ゴブリンたちの村にやってきて数ヵ月が過ぎた。
大谷さんがエルフの女王に持ちかけた提案は、エルフの里が自然があふれる森に戻るまで村に来てくれないか? というお願いだった。
もちろん無償では彼らのプライドを傷つけてしまうので、弓矢の製作をお願いした。またエルフの戦士には弓矢の扱いが誰よりも長けているため、彼に稽古をつけてもらうようお願いした。するとゴブリン達の弓矢の扱い……飛距離や早撃ち、命中精度がよくなった。また、狩りを行う際の森の中での潜伏の方法などエルフから習うべきところがたくさんあった。
女王には植物の成長促進の魔法を使ってもらい、穀物や野菜が数倍の速さで収穫できるので、彼女には耕作の指導を担当してもらうことになった。
順調に生産性があがり、余剰分をもらうことで、大谷さんはステータスバーの中にある換金コマンドを使い、日本円に換えて母親の口座に振り込んでいる。だが、この異世界にやってきて約半年で送金したのは50万円ほど。まだまだ十分な額が稼げていないが、そろそろこの村でやれることに一定の成長限界が訪れてきた。
「オータニ様、お話が……」
今日もいつものように家づくりに励もうと井戸で顔を洗っていると、深刻そうな顔をした村長が大谷さんを呼びに来た。
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