第3話 新たな出会いは人の常

「それでは、行って参りますね。シルヴィア様」

「ああ、三人を任せた。私の大切な客人だからな」

 その言葉にメイド服の女は薄く微笑を浮かべ、馬に繋がれた手綱をピシャリ、と打ちつけて馬車を発進させた。


「すみません、移動手段まで用意してもらって」

 荷台の中からアッシュがメイドへと礼を言う。

「いえいえ~、大丈夫ですよ」

 少し振り返って笑顔で答える。

「ダリアまでそんなに距離がないと言えど、やはり歩いて行くには大変なものですから。シルヴィア様の大切なお客人なんですから、私には存分に甘えていただいて良いんですよ~」

「バルゴ、やさしい」

「ぅんありがとうございますぅ~!」

 シノンの言葉に照れて挙動がおかしくなる。デレデレだ。


 推薦状をアッシュが受け取ってから、ダリアへと出発しようとしていた三人に、シルヴィアが馬車での移動を提案した。やはり知事ともなると、かなり財力と権力を持っているようで、馬車だけでなく、信頼できる従者として、バルゴと言うメイドを同行させてくれた。


「どれくらいでダリアに着くのよ」

 アッシュの肩に留まって休んでいたベネトが口を開いた。

「あと十五分くらいですかね~」

「そんなに早いの!?」

 想定していたよりもずっと早かったのか、ベネトは思わず大きな声を出した。


「ええ、馬での移動なので地竜よりは遅いですが、大体それくらいだと思います」

「やっぱり関所せきしょで馬借りればよかったじゃな~い!!!」

 頭を抱えてうがうが言っている。

「節約だ、って言って借りなかったのはベネトだろー?」

「知るわけないでしょ!人間の尺度で動くことなんてそうないんだから!!」

「それは逆ギレだろ」

「ん、ベネト、りふじん」

 何をぅ~!?と喚くベネト。三人の様子を見てメイドが笑う。


「お三方は、本当に仲が良いのですね」

「そうですかね、自分らではこれが普通ですが」

「そうですよぉ、特にアッシュ様とシノン様は、兄妹であるのにとても仲睦まじくいらっしゃって。とても良いことだと思いますけどねぇ」

 なんだか憂いを帯びたような、そんな語り口になる。


「世の兄弟姉妹はらからが皆、お二人のようであれば良いんですけどねぇ…」

「それって…」

 ふ、とベネトがその小さな手でアッシュの口を塞ぎ、目くばせをして触れないように指示する。

「ん、あれ」

 馬車から少し乗り出して外を見たシノンが遠くを指さす。

「ええ、あれが首都ダリアでございます」

 その先には、プロテアとは比較にならないほど大きな、そして強固な様相の城壁が貌を見せていた。三人は呆気にとられる。


「あんなに大きいんだ…」

「そうね…昔より大きくなってるかも…」

「ベネト様がいつ頃に来訪されたのかは知らないのですが、およそ五十年前に都市の拡大が行われまして、その際に全体的により巨大化を進めたと聞いております」

 なるほど、と頷くベネト。


「あそこに、王がいる?」

 シノンが問う。

「おそらく、ですね。我々が知覚できるような存在ではありませんので。それでも王が、我々を見守ってくれていると信じています」

 そう、と納得し微笑む。

「あと少しですし、降りる準備を済ませておいてくださいね。馬車は所定の場所に留めておかなければいけませんから」

 三人の返事を聞いてのち、少しスピードを上げる。あっという間に目と鼻の先に巨大な壁が迫っていた。



 ◇



「広いなあ~…」

 思わず息を呑み、立ち尽くす。まず道が広い。たくさんの人が三人の目の前を過ぎ去っているというのに、避ける素振りも必要ないほど、余裕のある広さだ。家屋の大きさもプロテアより一回り大きなものが、いくつも並んでいる。見上げすぎて首が痛くなりそうだ。

「ここまで何でも大きいと、歩きまわるだけでも骨が折れそうだな」

「お兄ちゃん…ここ、ちょっと…」

 少し顔色の悪い様子で、シノンがアッシュの袖を握る。

「ん?大丈夫かい、シノン」

「少し、嫌な、感じ…」

「シノンが言うってことはたぶん、碌でもないモンがいるわね」

 きゅう、と握る力が強くなる。

「大丈夫、兄ちゃんが守るから」

 こくり、と小さく頷く。少ししてバルゴが戻ってきた。

「失礼、馬車を留めてまいりました。それでは都庁に向かいましょうか」

 先導するバルゴに三人は続いていった。


 都の中央に近づいていくにつれて、さらに活気が出てきた。もう数日後に行われる式典の準備に追われる者、先立ってお祭り気分の露店たち、それらに感化される観光客…様々な人であふれかえっていた。その雑踏を進んでいき、バルゴはいっとう大きな建物の前で止まった。


「こちらが首都庁舎になります。中に進んで受付の方に推薦状を見せていただきますと大丈夫だと思います。私はこちらでお待ちしておりますね」

「同行してくれないんですか?」

 少し驚いた様子でアッシュが問いかける。

「ちょっと込み入った事情がございましてぇ…私と共に居るのを見られると、お三方に不利益が生じる可能性がある、と命じられており、申し訳ありません」

「そ。なら三人で行くしかないわね」

 さらりと承諾して扉の方へ進むベネト。困惑しながらアッシュもシノンを連れて扉へと階段を上った。


 ぎぃ、と少し重たい扉を引いて中に入ると、荘厳な雰囲気に包まれた煌びやかな空間が広がっていた。柱や壁は綺麗に澄んだ重苦しい白を基調としており、相対的に色彩豊かな床のタイルが映えている。扉の前にあった小さな階段を上ると、目先に受付と思しき場所が見えていた。

「ようこそ、都市庁舎へ。本日はどういったご用件でしょうか?」

 受付の女性が明るく三人へと話しかけてきた。代表してベネトが応対をする。

「プロテアの推薦状を貰って此処に来たわ。はいこれ」

 受け取った書状を見る。

「どちら様からですか?」

「知事よ、シルヴィアさん」

 ベネトの答えを聞いて、少し残念そうな顔をする。

「少々、お待ちいただいてもよろしいですか?」

 そう言って奥の方へと消えていき、しばらくしてから戻ってきた。


「申し訳ありません…現在、デューク卿は建国記念式典の準備の方で席を外しておりまして…すでに連絡済みのものでしたら、確認が取れるまでお待ちいただいてもよろしいですか?」

「あいにくだけれど、さっき受け取ってその足で来たの。忙しくしているんだったらたぶん連絡はいってないわ」

「そうなりますと、いくつか承認が済ませて、その後デューク卿にお受けして良いかの確認をしなければ、お受けすることが出来ません」

「それはどれくらいかかるの?」

「昨日からお戻りになっていないので、どれほどかかるか…先日来訪された方の時は一日ほどで帰ってこられたのですが」

「じゃあ、どこに居るとかは分かるかしら?」

「そちらもちょっと…」

 対応に困っている受付嬢をよそに、手詰まりを感じるベネトが、アッシュの方へと耳打ちをする。


「どうする?なんだか時間がかかりそうだわ」

「どうするも何も…」

 進退のない議論に手をこまねいていると、通りかかった女性が切って割り込む。


「失礼。なにやら揉めている様子だけど」

「み、ミカエラ様…!?」

 受付嬢は女性を見て狼狽する。

「そちらの三人は?」

「僕がアッシュ、こっちがシノン、そしてこのピクシーがベネトです」

 手振りで紹介する。微笑みで返す。ちょうど、遠くから男の声が聞こえてきた。

「おお~い、待ってくれよミカぁ~」

「遅い、もう少しキビキビ動きなさい!」

 手厳しさを見せ、男はトホホと項垂れる。女性は気に留めずに続ける。


「それで、どうしたの?」

「ど、どうやら推薦状を受け取ってこちらへ赴いたみたいでして…現在、デューク卿がいらっしゃらないため、対応にお時間を取らせてしまっている状況で…」

 聞くなり、女性は三人へと向き直り告げる。

「ご不便をおかけしてしまい申し訳ない。私はミカエラ。この国の治安維持組織である、シャルロット聖銃士団の団長を務めています。こちらの男はアルバート、副団長を担っております」

 紹介されると、男は猫背で会釈をした。


「事情は分かりました。デューク卿には、私の方から面会の時間を取ってもらうよう言っておきます。どこに居るかも大体見当がつきますから」

 礼儀正しく、かつ毅然とした態度で言葉を並べる。

「そう、だったらお願いした方が良さそうね。アッシュもそれでいい?」

「僕もそれで大丈夫だよ。早くシノンを休ませてあげたいし」

 二人の返事に笑って頷く。


「では、書状を」と言って手を差し出す。

 ああ、とベネトが受け渡す。しかし、手渡された書状の封筒と緘を見ると、女は雰囲気をがらりと変える。

「…この書状、まさか」

「おっとぉ」

「ちょ!?」

 瞬間、アルバートが書状を奪う。急なことに呆気に取られているミカエラをよそに、代わって喋り出す。

「済まないね。こちら、俺から言っておくよ」

「勝手なことを…」

 口元に指を当て目くばせをする。渋々、と言った形で納得した様子を見せるミカエラを見て、ベネトが口を開く。


「なにか?」

「いえ…ところで、こちらにいらしたのはお三方だけでしょうか。他に誰か付いてきた、などはありますか?」

「ああ、それなら外…むぐぅ!?」

 答えようとしたアッシュの口をベネトが塞ぐ。

「ええ、この三人で来たわ。それで…宿が欲しいのだけど、空きはあるのかしら」

 毅然とした態度に、詮索するのをやめて応対する。

「そうですね、こちらで用意しておくよう連絡しておきます。場所はこちらへ向かっていただきますと」

 メモを取り出し、さらりと書いたページを破って渡す。ベネトが受け取った。

「ありがとう。じゃあ、任せるわね」

 そう言って扉の方へと向かっていく。二人もミカエラ達に会釈をして続いた。



 ◇



「なんで止めたのさ?」

 庁舎を出てからアッシュがベネトへと質問をする。

「なんだか嫌な予感がしたからよ。あの女、推薦状を見てから明らかに目の色が変わっていたわ。男の方が抑えていたけれど、あれは憎悪ね」

「どういうこと?」

「私だって知らないわよ。何か、あるんでしょ」

 近くに待機していたバルゴに投げかける。

「どういうことか、教えてくれる?」

「…やはり、ミカエラさんはいらっしゃいましたか」

 伏し目がちに零すメイド。

「場所を変えましょう。聞かれない方が良い話ですし」


 馬車の方へと戻った一行は、改めてバルゴが口を開く。

「すみません。あちらが手配した宿屋ですと、話の内容が漏れてしまう可能性があると考えまして、こちらに戻らせていただきました」

「それは良いわ、私も危惧していたし。それよりもなぜあの女の存在を予測していたのに、言わなかったの?」

「シルヴィア様に止められていました」

「なぜ?」

「個人的な問題に貴方達を巻き込みたくない、そうです」

 淡々と受け答えをするバルゴ。


「結局巻き込んでるんじゃない?」

「それに至っては、申し訳ありません…私の落ち度でございます。私が中に入らないことで出来るだけお三方がシルヴィア様の関係者であることがミカエラ様に知られる可能性を減らしたつもりでしたが…情けない限りです」

 分かりやすく落ち込んでいる。

「許してあげてよ。特に何もなかったんだから」

「バルゴ、いいひと。ベネト、ゆるしてあげて」

「そういうことを言ってるんじゃ…はぁ、もういいわ。あんた達が良いなら私が怒っても仕方ないでしょう?」

 呆れたようにため息をつくと、気を取り直して続ける。


「封筒と緘を見てあの女の顔色が変わったの。それはなぜなの?」

「確執、でございます」

 ついと出た言葉にアッシュは思わず目を見張る。

「確執ですか?」

「ええ、ミカエラ様はシルヴィア様に対して、とても強い憎悪を抱いております。その原因に関しては、私のような一介の給仕が易々と語っていいものではありませんので、ご容赦いただきたいです…」

 その言葉に口を噤む。シノンは、黙って見ている。


「良いわ。誰にでも言えないことはある。とりあえずあの女の前でシルヴィアに関することは禁忌タブーってことね」

 ベネトの言葉に首肯するバルゴ。

「ご理解いただいて恐縮の限りです。それと、一つ。デューク卿はあちら側です。今後関わる際には、注意しておいた方が良いと思います」

 三人は肯いて馬車を下りる。


 その夜、手配された宿屋で寝床に就いたアッシュは思考を巡らせていた。

 ミカエラがシルヴィアに抱く憎悪とは何なのか、バルゴが口にすることの出来ないこと…デュークという者はをどう思っているのか。

「…分からないことだらけだな」

「考えても仕方ないわよ…」

 思わず口に出した言葉に、ベネトが反応を示す。

「ベネト、起きてたんだ」

「あなたが寝るまで起きてるわよ」

「そっか」


「難しく考えても分からないものは分からない。分かるようになったら考えればいいの。判断材料が少ないうちは、流されてみるのも一興よ」

「余裕があるなあ、ベネトは」

「伊達に二百年以上生きてないから」

 フフッとこぼすアッシュ。それを聞いて照れるベネト。

「もういいから寝なさい。明日からまた頑張りましょ」

「そうだね、おやすみ」

 ようやく深く眠りに落ちる。アッシュの寝息を聞いて、ベネトも瞼を閉じた。

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