第5話 怒りを喰らう者

拓斗はテーブルに座り、完成した「最後の皿」を前にして硬直していた。フォークを持つ手は小刻みに震え、皿の上で揺らめく湯気が彼をじっと見つめているように感じた。


「これを……食べるしかないのか……?」


唐辛子の濃厚な香りとトマトソースの酸味が鼻を突き、胃が拒絶反応を起こす。だが、逃げるわけにはいかない。もしこの料理が呪いを断つ唯一の手段なら、誰かが怒りの連鎖を終わらせなければならないのだ。


彼は意を決し、フォークにペンネを刺して一口頬張った。


瞬間、拓斗の身体に熱波が走った。舌が焼けるような辛さとともに、頭の中で爆発が起きたかのようだった。視界が真っ赤に染まり、耳元で無数の声が囁き始める。


「怒れ……もっと怒れ……!」

「許すな……復讐を……!」

「この怒りを……広げろ……!」


声が耳元だけでなく、脳内全体を支配していく。目の前の皿が膨張し、湯気の中から無数の手が伸びてくるように見えた。拓斗はその場で椅子を蹴り倒し、床に崩れ落ちた。


しばらくして、気がつくと拓斗は真っ暗な空間に立っていた。目の前には巨大な影が立ちはだかっている。それはまるで人間の姿をした煙の塊のようで、その輪郭は怒りに満ちた表情で揺れていた。


「お前が……この皿を食べたか……」


低く不気味な声が響く。拓斗は震えながら尋ねた。「お前は……誰だ?何者なんだ?」


影は笑うように揺れた。「私は怒りそのものだ。この皿に込められた全ての怒りを吸収し、次の器へと移る。」


「器……?」

「そうだ。お前だ、拓斗。これまで連鎖を広げた者たちの怒りを全て受け止めるのがお前の役目だ。」


影はじわじわと近づいてきた。その存在が近づくたび、拓斗の心臓が締め付けられるように苦しくなる。怒り、憎しみ、恨み……負の感情が彼の体を内側から蝕んでいくようだった。


「俺が……全部背負うってことか?どうすれば止められるんだ!」

「怒りを完全に受け入れ、消化することだ。それができなければ、お前も連鎖を広げるただの道具となる。」


拓斗は立ち尽くした。自分が怒りを受け入れるなんてできるのか?篠原やスタッフたち、さらには自分自身の心にも潜む怒りを消化することなど可能なのか?


「……俺には無理だ!」

そう叫ぶと、影は嘲笑するように周囲を回り始めた。


「ならば、お前は新たな連鎖の始まりとなるだけだ。逃れる道はない。」


拓斗は絶望に包まれた。だが、ふと頭に浮かんだのは、自分の作った料理で倒れていった人たちの顔だった。篠原の苦しむ姿、スタッフたちの怒りに染まった表情。彼は拳を握りしめた。


「……それでも、俺が止める。誰もこれ以上苦しませたくない!」


拓斗がそう叫んだ瞬間、影が一瞬揺らいだ。まるで彼の決意に反応するように、空間全体が軋む音を立てる。


「ならば、試すがいい。全てを受け入れられるかどうか……!」


影は拓斗の身体へと飛び込んできた。その瞬間、彼の意識は怒り、憎悪、悲しみで満たされた真っ暗な世界へと飲み込まれていった。


次回予告

怒りの渦に飲み込まれた拓斗は、自分自身の心と向き合うことを余儀なくされる。呪いの連鎖を断ち切るために、彼が最後に選んだ行動とは――。

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