第4話 怒りの代償
拓斗は休憩室から逃げ出し、厨房の奥に隠れていた。耳を塞いでも、スタッフたちの怒声が壁越しに響いてくる。その声はただの喧嘩の怒鳴り合いではなかった。異様に低く、時折誰かがうなり声を上げる。まるで人間ではないものが咆哮しているかのようだった。
「このままじゃダメだ……」
彼は震える手でスマートフォンを取り出し、インターネットで「怒り」「呪い」「レシピ本」といった単語を検索した。だが、出てくるのは曖昧な情報ばかり。焦燥感に駆られる中、彼の視界にふとある一文が飛び込んできた。
「古い呪術書には、怒りの感情を媒介にした魔術が記されている場合がある。」
これを読んだ瞬間、拓斗の背筋に冷たいものが走った。レシピ本の異常性は、単なる偶然や心理的なものではない。本当に何か恐ろしい力が宿っているのではないかという確信が生まれた。
休憩室に戻る勇気もないまま、拓斗は店を飛び出し、昨夜レシピ本を購入した古書店へと向かった。再びあの薄暗い店内に足を踏み入れると、店主の老人がゆっくりと顔を上げた。
「また来たのか。どうだ、本の中身は役に立ったかね?」
その言葉に、拓斗は苛立ちを覚えた。
「役に立つどころか……これのせいで人が倒れました!呪いみたいなもんですよ!」
老人は軽く笑い、レジ台に肘をついた。「なるほど。とうとう動き出したか。」
「動き出した……?」
「その本はただのレシピ集ではない。古代の怒りを封じた呪物さ。それを料理という形で人々に伝染させるものだ。」
拓斗は声を荒げた。「なんでそんな危険なものを売ったんですか!」
老人は肩をすくめる。「買ったのは君だ。私はただ提供しただけだよ。」
拓斗は本を返そうとしたが、老人は首を横に振った。「それは君のものになってしまった。それに、その本を手放しても、君の中に怒りは残る。怒りが消えない限り、呪いは続く。」
「じゃあ、どうすればいいんですか!?」
「怒りの連鎖を断つには、一つだけ方法がある。それは……」
老人はそこで口を閉ざし、不気味な笑みを浮かべた。
その夜、拓斗は自宅で本を開き、次のページを読み進めた。そこには新しい一文が記されていた。
「最後の皿を作れ。それを喰らえ――怒りの全てを己に宿せ。」
彼の手は自然と震えた。それはつまり、呪いを終わらせるには自分がその全てを背負う必要があるということだった。しかし、それがどれほどの代償を伴うのか、想像するだけで恐怖に押し潰されそうだった。
「俺が……全部の怒りを?」
その時、スマートフォンが鳴った。店のシェフ、藤堂からの電話だった。
「拓斗……篠原が……病院で暴れたらしい。まるで別人だ……。」
藤堂の声には明らかな動揺があった。
「それと、スタッフたちも次々におかしくなってる。お前、何か知ってるのか?」
「……すみません。俺が……原因かもしれません。」
そう答えると、藤堂は一瞬沈黙した後、こう言った。
「なら、何とかしろ。お前しか頼れない。」
電話を切った後、拓斗はキッチンに向かった。最後の皿を作るしかない。だが、それを作ることで何が起こるのか、自分がどうなってしまうのか全くわからない。
手際よくトマトを刻み、ニンニクを炒め、唐辛子を投入する。だが、料理が進むにつれて空気が重くなり、異様な熱気が漂い始めた。鍋の中のソースがぐつぐつと煮え立つ音は、まるで嘲笑のように耳に響く。
そして完成した「最後の皿」。それはこれまで見たどの料理よりも赤黒く、不気味な光沢を放っていた。
皿の上に漂う湯気の中、何かが蠢いているように見える。拓斗は喉を鳴らし、フォークを手に取った。
次回予告
最後の皿を口にした拓斗の身体に起こる異変。呪いの正体とその背後にある恐ろしい秘密が明かされる――。
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