第3話 怒りの連鎖

拓斗は震える手でエプロンを外し、休憩室に逃げ込んだ。篠原が倒れる直前の異常な怒りの表情、そして「声が聞こえる」という言葉が頭から離れない。何が原因なのか考えれば考えるほど、昨夜のレシピ本のことが脳裏をよぎった。


「……あの本のせいなのか?」


机の上に置いていた本を開き、昨夜作ったアラビアータのレシピを再び読み返す。だが、そのページの一番下に、昨日はなかった一行の文章が追加されていた。


「怒りは次へと伝播する。連鎖を断ち切れるか?」


「何だこれ……?こんなこと書いてあったか?」


不安に駆られる中、店長の藤堂が休憩室に入ってきた。「おい、拓斗。篠原が倒れたって何があったんだ?」

「あ、あの……食べた料理が原因かもしれません。」

「料理?」藤堂の表情が険しくなる。「まさか、あのアラビアータか?」


拓斗は息を飲む。「知ってるんですか、あのレシピ……?」

藤堂は低くうなりながら椅子に座り、話し始めた。


藤堂が語るには、そのレシピはこの店の初代オーナーが遺したものらしい。彼もまたそのレシピでアラビアータを作ったが、食べた人々が次々と暴力的になり、最終的にオーナー自身も狂気に飲み込まれてしまったという。


「俺もそのレシピ本を見たことがあるが……封印されたはずだ。どうしてお前がそれを持ってる?」

「……昨日、古書店で偶然見つけて……でも、そんな話があるなら、なんで店に残ってるんですか?」

「わからん。だが、一つだけ確かだ。あのレシピを作れば、怒りが広がっていく。」


拓斗の心臓が嫌な鼓動を打った。篠原だけでなく、自分にも影響が出るのではないかという恐怖が湧き上がる。


その夜、家に帰った拓斗は、再びレシピ本を手に取った。次のページには、新しいレシピが記されていた。


「深紅の復讐パスタ――怒りを具現化せよ」


そのタイトルを見た瞬間、視界が一瞬揺れた。何かが頭の中に流れ込んでくるような感覚がし、耳元で低い囁き声が聞こえた。


「作れ……怒りを……もっと燃やせ……」


「違う、これはただの幻覚だ……」

必死に目を閉じて否定する拓斗だが、頭の中の声はどんどん強くなっていく。無意識にキッチンへ向かい、材料を手に取っていた。


唐辛子を刻むたびに、その赤い汁が異様に濃く、どろりと流れ出るのを目にした。鍋の中で煮詰まるソースが、まるで血のように泡立っている。


「なんで……俺、止まらない……?」


気づけば、一皿の「深紅の復讐パスタ」が完成していた。皿の上で微かに揺れるように見えるソースは、まるで命を宿しているかのようだった。


翌日、拓斗はそのパスタを捨てようと決心した。しかし、どうしても捨てることができなかった。「もったいない」という感情以上に、皿が自分を支配しているように感じた。


昼休み、店のスタッフたちが休憩室に集まっている中、誰かがそのパスタを見つけてしまった。「おい、これ食べてもいいか?」という声に拓斗は振り向いた。


「あ、それは――!」止める暇もなく、スタッフの一人がフォークで一口運んだ。


その直後、またしても「怒り」の連鎖が始まった。


「なんだ、これ……胸が熱くて……ふざけんな……!」


スタッフは机を叩き、仲間に怒声を浴びせ始めた。そして、まるで感染症のように、その怒りが他のスタッフにも伝播していく。気づけば休憩室は怒りに満ちた修羅場と化していた。


「これが……呪いの連鎖なのか?」


拓斗はその場を逃げ出したが、逃げ切れるとは到底思えなかった。呪いは確実に広がり始めている。そして、その中心には、あのレシピ本があるのだ。


次回予告

呪いを断ち切る手がかりを求める拓斗。だが、その先に待つのはさらなる恐怖。次に狙われるのは、彼自身の「怒り」――。

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