第2話 怒りの味
翌日、拓斗は昨夜の恐怖をなかったことにしようと、早朝から働いていた。勤務先のイタリアンレストラン「リストランテ・カルマ」は、街で評判のいい店だが、拓斗は新人として皿洗いや簡単な調理補助をこなす日々を送っていた。
「おい拓斗、今日は少し自由にメニューを作っていいぞ。」
シェフの藤堂が拓斗に声をかけた。突然の好機に胸が高鳴るが、同時にあのアラビアータの記憶がよみがえる。
「いけるよな?」
「……はい、頑張ります!」
恐怖を振り払うように拓斗は返事をし、厨房へと入った。彼は昨夜のレシピ本のことを思い出し、「怒りのアラビアータ」を店で作ることを決意した。美味しければ呪いなんて存在しないと証明できると思ったからだ。
調理台に並ぶ食材たち。昨日の残りの唐辛子を手にした途端、指先にじんわりとした熱さを感じた。しかし、それでも拓斗は迷わずレシピ通りに手を動かした。
完成したアラビアータは、見た目も香りも完璧だった。真っ赤なソースがペンネを包み込み、ニンニクの香ばしい香りが食欲をそそる。「これは……成功だ!」と達成感に満たされる拓斗。
そこに、同僚の篠原が通りかかった。「おっ、うまそうだな!試食していいか?」
「もちろん!」
拓斗は緊張しながら皿を差し出した。
篠原はフォークでペンネを一つすくい、口に運ぶ。数秒の沈黙。拓斗は心臓が跳ねる思いで彼の反応を待った。
「うまい!これ、店のメニューにできるんじゃないか?」
篠原は笑いながら次の一口を頬張る。その姿に拓斗は安堵の息をついた。
しかし、その瞬間だった。篠原の笑顔が急に消えた。フォークを握る手が震え、額には冷や汗が浮かぶ。
「……なんだ、これ……熱い……いや、辛いだけじゃない……」
篠原は立ち上がり、喉を押さえながら厨房の隅に駆け込んだ。そして彼の目が拓斗を捉える。そこには、これまで見たことのない激しい怒りが宿っていた。
「お前……俺を舐めてるのか?」
「え?篠原さん、何言って――」
「俺にこんなもんを食わせやがって……!」
篠原は突然、拓斗の胸倉を掴み上げた。普段穏やかな彼からは考えられない豹変ぶりに、周囲のスタッフたちも驚愕する。
「やめてください!どうしたんですか!」
「黙れ!お前のせいだ……全部お前のせいだ!」
篠原の怒号と共に、厨房の中で物が散乱し始めた。皿が割れ、調味料の瓶が床に転がる。その場にいた全員が彼の様子に恐怖を覚え、動けずにいた。
すると、突然篠原が胸を押さえて膝をつく。「くそ……頭が割れる……なんだ、この声は……!」
「声?」拓斗は震える声で尋ねた。「何が聞こえるんですか?」
「許せない……怒りを燃やせ……そんな声が……!」
篠原は床に倒れ込むと、そのまま意識を失った。
篠原は救急車で運ばれ、厨房には異様な沈黙が漂った。誰も言葉を発することができない中、拓斗は震える手で自分の作ったアラビアータの皿を見つめていた。
その皿の中のソースが、じわりじわりと赤黒く濁り始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。
次回予告
篠原の容態を心配する中、拓斗はアラビアータが持つ奇妙な力の謎を探ることに。レシピ本の奥深くに記された言葉が新たな恐怖を呼び起こす――。
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