アラビアータに纏わる恐怖
星咲 紗和(ほしざき さわ)
第1話 赤い誘惑
小さな街の裏路地に佇む古びた古書店。その薄暗い店内に、一冊の本がひっそりと横たわっていた。背表紙に刻まれたタイトルは、イタリア語でこう書かれていた――「怒れるレシピ」。
「お、面白そうだな……」
拓斗(たくと)は手に取った瞬間、どこか嫌な寒気を覚えた。しかし、料理人として働き始めて間もない彼は、奇妙なものに惹かれる癖があった。古書のページをめくると、中には見たこともないレシピの数々が並んでいる。最初のページにはこう書かれていた。
「真実のアラビアータ――その怒りを知れ」
拓斗は薄く笑いながらつぶやいた。「怒りねぇ……辛いのが得意ってだけか?」
彼はその夜、本の最初のレシピを試すことにした。アラビアータはシンプルな料理だ。ペンネ、トマト、ニンニク、唐辛子、そしてたっぷりのオリーブオイル。それだけのはずだった。だが、レシピの最後には奇妙な一文が添えられていた。
「赤い唐辛子は怒りの涙、切り裂ける鋭さを求めよ」
「何だそれ?」不気味さを感じながらも、拓斗はレシピに従い、近所の市場で見つけた真っ赤な唐辛子を使った。見た目は普通の唐辛子だが、異様に艶やかで、触れるだけで手の平が熱を帯びるようだった。
キッチンに響くトマトの煮える音と、ニンニクの香ばしい香り。拓斗は完成したアラビアータを皿に盛り付けると、早速一口運んだ。
――その瞬間、体が凍りついた。
辛い。しかし、ただ辛いだけではない。舌を刺すような鋭い痛みが、やがて脳にまで達し、頭の中が燃え上がるような感覚に襲われた。視界が赤く染まり、耳の奥でざわざわと何かが囁く。
「許せない……奪ってやる……燃え尽きろ……」
「なんだ、これ……!」
皿を落としそうになりながら、拓斗はキッチンの壁に寄りかかった。だが、息を整える間もなく、突然背後で音がした。振り向くと、棚の上に置いていたトマトの一つが転がり落ちていた。だがそのトマトはただ落ちるだけではなかった。
赤い液体が、じわりじわりと流れ出ていたのだ。それはまるで、血のように濃く、どす黒い。
「これは……冗談だろ?」
震える手でトマトを拾い上げたが、そこにはまるで人の顔のような歪んだ形が浮かび上がっていた。そして、トマトがかすれた声で囁いた。
「怒りを……喰らえ……」
拓斗は叫び声を上げてトマトを放り投げた。その夜、彼は初めて「料理」に恐怖を覚えた。
次回予告
拓斗の作ったアラビアータを食べた同僚に異変が起こる。怒りの連鎖が広がる中、レシピ本に隠された呪いの真相が徐々に明らかになる……。
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