第13話 寒い国の温かなスープ(1)


「お邪魔しまーす!」


 ワクワクした気持ちで足を踏み入れると、そこはやけに縦長の部屋だった。

 召喚された部屋よりもかなり大きく、雰囲気が全然違う。豪華なシャンデリアに彫刻、天井にも壁にも綺麗な模様が描かれている。


 中央に置かれた細長い食卓にはところどころに花が飾られ、テーブルクロスにも美しい刺繍がある。仕事の部屋というよりも、誰かを迎えるような、歓迎するようなデザインだ。今までとは違った鮮やかな色彩にエイミは驚いた。


「すごいキレイだね。帝国だってやればできるじゃーん」


「やればっていうか……我が国にとっては色合いでさえも贅沢品なんだよ」


「それは、さっき言ってた素材のはなし?」


 話している間に向こう側のドアが開き、幾人もの女性がしずしずと入ってくる。押しているワゴンの上は丸い蓋のアレ! 明らかに料理のやつ!


「ご、ご馳走のにおいがする!」


 そして合いの手のようにお腹の音が鳴る。

 シスレーがくすっと笑って席を示した。


「食事を準備する間に軽く宮中案内を……と思ったけど、ついつい夢中になっちゃって悪かったね。どうぞ、こちらの主賓席に座って」


 エイミが席の横に立つと、入ってきた女性のひとりが音もたてずに椅子を引いてくれる。なんだか高級レストランみたいだ。緊張しながら、おずおずと腰を下ろした。


 先ほどのお爺さんがやってきて一礼する。


「聖女エイミ様、お待ちしておりました。私は陛下専属料理長のアーヴィン・アヴラス。僭越ながら本日は聖女様のお夕食を担当させていただきました。ゲンダイの方のお口に合いますかどうか、心配ではございますが……お楽しみいただけますと幸いです」


 丁寧に言ってくれる間にもテーブルに食器が並べられていく。ナイフやフォーク、スプーン、そして白いお皿に盛りつけられたのはトロトロのスープ。


「本日のメニューは北方アルマリ茸のクリームスープ、青レース菜と角豚ハムのサラダ、ソンモース山で取れた氷岩魚の燻製に、ゲンダイ風ひき肉団子のチョレソース……そちら風に言うとハンバーグのデミグラス風ソース、パンは夜空麦と紅葡萄の白焼きパンになります。飲み物はつるイチゴのジュース」


「名前だけですご……超豪華ごはんじゃん……来て早々にそんなの食べていいの!?」


 シスレーとアーヴィンは顔を見合わせ、それからエイミに微笑んだ。


「聖女さまの歓迎の晩餐だからね。正式な歓迎は改めてするとしても、どうか歓迎の気持ちを受け取って、たくさん召し上がれ」


「わーい、いただきますっ」


 パチンと手を合わせてからエイミは早速スープに取り掛かった。

 あ、すごい。トロットロのクリームなのにちゃんとキノコの匂いがする。

 あとハーブかな、よくわかんないけど、食べ終わったあとにスッとした味もある。コショウめいたピリッとした味わいにほどよい塩気。底に残っていたスープをパンで拭うと、ハラペコに染み入るような美味しさだった。


 食べている間にサラダが盛られ、さらに魚も置かれた。気づいたらナイフ、フォーク以外にお箸も置かれてる! これは嬉しい。


 サラダはシャキシャキだけどにゅっとした不思議な味。乗せられた豚ハムはサクッとして香ばしくて、これまた不思議なお肉だ。


「うーん、美味しすぎる! 食べる手が止まらない!」


「だそうだよ、良かったね料理長」


 シスレーが言うと、アーヴィンは本当に嬉しそうに微笑んだ。

 魚の燻製は表面がパリッとして、中には卵のような、木の実のようなプチプチがぎっしりと詰まっていた。透明なソースはお出汁みたいな風味で、魚とプチプチと絡めて食べるとなんだか懐かしい味だ。


 そこまできて、あれ、と気づく。


「シスレーは食べないの?」


「これからまだまだ仕事があるからね。食べると眠くなっちゃうので……そういうときはコレ!」


 ドン、と置かれたのは見事な固形食だ。これ、見覚えある!


「ゲンダイにもあるよこれ……栄養バーじゃん……」


「ふふふ、そっちから伝わる話を元に開発したのだよ! これに帝国コーヒーを飲めば寝ずに仕事ができる!」


「やめなよ、死ぬよ!? ……あ、ハンバーグ来た!」


 話している間にメインのハンバーグが運ばれ、エイミは早速フォークで小さく切り分けた。うわ、断面から肉汁がトロトロ流れ出る!

 口に入れれば濃厚な味わいで満たされ、歯ごたえのあるお肉がおいしー!

 あましょっぱくて豊かな風味のソースはデミグラスというよりも照り焼きに近いのかも。ソースだけ白いご飯にかけて食べたいくらいだ。


 あらかた食べ尽くして、ハア、とエイミは息をついた。


「帝国すごいじゃん、こんな豪華な料理を食べてるなんて!」


「食べてないよ」


「そりゃシスレーは食べてないかもだけどさ」


「いや、みんな食べてないよ。これはこの国の最上級の料理だし、外国の使節が来たときやお祭りくらいでしか出してない。エイミは特別なんだ」


「そうなの?」


 驚いた顔のエイミに、シスレーはしみじみと息をついた。


「我が国がどうして魔術機構を開発したと思う?」


「え、っと……頭がいいから?」


「違うよ。貧しいからだよ」


 シスレーは深淵のような目でエイミを見た。


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