第6話 スキルゲットなんてヨユーっしょ



 王子も、それにギルバルトも、驚いたように顔を上げた。

 特に愕然とした表情を浮かべたのはギルバルトだ。


「だが、そんな例はほとんど聞いたことが……」


 エイミはまっすぐな目で彼を見据えた。


「アタシ、今日はすっぴんだけど、ほんとはギャルなんだ。普段はバリバリネイルもしてるしメイクもしてる」


「ギャル……?」


「ギャルってのは……まあオシャレが好きな部族だと思ってくれればいいよ。明るくて、自分をカワイイって思ってる。そう思えるように、オシャレしてる部族」


「部族」


 うん、とエイミは伊達眼鏡をずり上げる。


「誰も、生まれた時からギャルじゃない。ギャルになりたい、って努力して、自分を変えるんだよね」


 ふふっと思い出して笑う。


「アタシも中学校までは陰キャで、髪ボサボサで、登校拒否もしてたよ。でもお姉ちゃんがすごい可愛くて優しいギャルでさ。アタシもなりたい、って頑張って、こうなった」


 そう、お姉ちゃんはいつでも完ぺきだった。料理も上手、メイクも最高。ギャルなのに成績は学校でもトップクラスで、バイト先でも店長になってほしいなんて言われてたっけ。

 アタシはずっとそんなお姉ちゃんを羨ましいと思ってたけど、ある日、言われたんだ。


 ――メイクとかネイルとか、お手入れできないときもあるよね。でも、綺麗にしよう、っていう気持ちがあれば大丈夫だよ。


 ――ううん、その気持ちがあれば、いままでよりずっと、綺麗になれる! 変われるの!


 ――大丈夫、エイミちゃんなら。ガッツあるもんね! ギャルってみんなそうなんだよ、ヤル気の塊なの。だから努力して可愛く変われるんだよ!


 お姉ちゃんの言葉は正しい。

 アタシにヤル気があれば、すべてはそれで十分なんだ。


「変えられるんだよ、なんでも。運命も、容姿も、スキルだって。……アタシがすべてを変える。その気持ちでマッチングOKして、異世界に来てるわけだしさ!」


 一瞬、あっけにとられた表情でギルバルトはエイミを見た。


 そこに大きな笑い声が響く。


「素晴らしい! その前向きな姿勢、輝く瞳、まさに聖女にふさわしい器だ! このリュミエール・シルプリエ・デュ・ロードセリア、感銘を受けたよ。これはもしかして稀代の大聖女の転移に立ち会ってしまったのかもしれないな」


 王子はマントを広げ、優雅にお辞儀をした。


「ではスキルに関しては問題なく、そのまま聖女として教院に登録させていただくとして……先ほどおっしゃった通り、帝国に示された残りの条件の達成も三ヶ月以内、ということでよろしいかな?」


「オッケー、任せて! 余裕!」


 笑顔でOKサインを出すエイミに、ギルバルトは大慌ての表情になった。


「待てまて、安請け合いはするな! さっきも述べたが、それは無茶な……!」


「貴国の聖女がそう言っておられるのだ。その奮起をできる限り支えるのが召喚者の役目ではないかな? 彼女にスキルがないのは、ひょっとすると召喚者である陛下の問題である可能性も考えられますが」


「なんだと……」


 おっと、と王子がわざとらしく別な方向を見る。


「失礼、こちらの案件は上手くまとまったようだし、そろそろ終了させていただくお時間のようだ。私も忙しくてね、申し訳ない。この後の対応は大陸連合の窓口か、極星教院の召喚局を通じてご連絡させていただく。……そうそう」


 ふっと微笑み、彼はギルバルトとエイミを見比べた。


「残念だが、もしも聖女を帰還させたい場合は遠慮なく言ってくださるといい。私も召喚局も応じる準備はある。もちろん『代償』と引き換えだがね。ではごきげんよう。極星の神の名のもと、貴国と聖女の幸運を祈っているよ」


 早口で言いながら、スウッと消えていく。


 消える間際、極限まで目を細めた笑みを浮かべていた。

 やっぱ性格悪そうだな、とエイミは思った。

 スキルなんかなくても分かる。ギャルの直感は真実なのだ。


 王子が消えると同時に部屋の飾りが一斉に消えた。

 白壁も、キラキラ輝くステンドガラスも消えて……。


 エイミとギルバルトは二人きり、薄暗い部屋に残されていた。

 大きいけれどがらんどうで、今までとは違って壁も天井も無機質な灰色。なんだか体育用具室に似てる。


「えっ、王子は? いままで見てた聖堂は? キラキラの部屋は?」


「すべて魔術投影だ。王子は遥か遠く、ロードセリア王国内にある大聖堂から魔術を使って立体映像を送っていた。それ自体が魔法陣と一体化しているため、召喚の儀式が終われば消える」


「魔法すごーい!」


 感心するエイミに、ギルバルトは正面から向き合った。


「ひとつ聞くが……スキル取得に関して、何か策のようなものはあるのか?」


「ヤル気!」


「そうか……」


 頭痛をこらえるようにこめかみを押さえてから、彼はこれまでにないほど厳しい、真面目な顔になった。


「聖女エイミ。いまからでも遅くない、ゲンダイ世界への帰還を勧める。魔法スキルの無い者にこの世界は過酷だ。可能性を待っている時間はない。王子のあの約束……三か月後にはこの国は戦場になる」


「えっ」


 ギルバルトは鋭い目でエイミを見下ろした。


「王子と連合の目的はただ一つ、この帝国の解体と占領統治だ」



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