第7話 悪役陛下とその妹
「解体って、今回の条件を達成できなければ、だよね。でも『悪っぽい国だから』っていう理由でそこまでする?」
「それは建前だ。連合は我が国が持つ高度な魔術機構の技術を恐れ、同時に渇望している」
あれ、とエイミは首をかしげる。
「異世界ってみんな魔法が使えるんじゃないの?」
「もちろんメルファリアで生まれた者は誰でも魔法が使える。だが先に王子が述べたように、個人差・種族さなどが非常に大きい。我が国は魔術機構と呼ばれる仕組みを使うことによって魔法を容易に、高度に、平等に扱うことができるようにしていて」
「そこからは私が説明するよ!」
勢いよくドアの開く音がした。
そちらを見る間もなく、すごい速度で何かがエイミに寄ってくる。
近づいてくるこれはなに? 豪華な椅子? ソファ? 上は椅子だが、下側は丸っこくて、車椅子にも似ている。車輪はない。
一人の女性がその椅子に座っていたが、明らかに様子がおかしい。
「ハアッハアッ、君がゲンダイから来た聖女だね!? うおおおお、若いッ! カワイイッ! ロングの金茶髪にみっじかいスカート! Vネックのセーター! ゆるいハイソックス! 間違いない……ギャル、しかも年齢からすると女子高生ギャルってやつだな!? 初めて本物見たあああああ!」
「なに!? だれ!?」
エイミは一歩下がり、相手をまじまじと見つめた。
綺麗な女性だ。
ギルよりもずっと若くて、お姉ちゃんの年齢に近いかも。
ウェーブのかかった長い黒髪。
目はパッチリ、口元にはほくろ。
黒っぽい長いドレスを着て、足元は編み上げブーツかな。かわいい。
いや綺麗でかわいいけど、だいぶおかしいぞ。
「シスレー、落ち着け……聖女が怯えている」
ギルバルトの声に、おー、と女性は両手を挙げる。
「えっ、ほんと? ああゴメンごめん、こんなに近くでゲンダイ人を見るの初めてだからさ、興奮しちゃって。私は自他共に認めるゲンダイ好き……そちらの言葉言うと、いわゆるゲンダイオタクだからねえ」
女性は早口でまくしたてつつ、ふわりと椅子ごと離れた。ふわり?
「この椅子、ちょっとだけ浮いてる!?」
「浮遊椅子だよ。魔術機構を搭載し、手元で操作もできる優れものさ。私は生まれつき足が悪くてね、歩きづらいものだから、こちらに座ったままで失礼するよ」
座ったまま優雅にお辞儀をしてから、彼女はにっこりと微笑んだ。
「私の名前はシスレー・ルクシアナ・エルヴェ。ギルの妹で、皇帝補佐官と魔術機構研究所の所長を務めているよ!」
「おぢさんの妹?」
「ギルのこと、おぢさん、って呼んでるのか! ププッ、彼をそう呼べるのは君ぐらいだろうね」
茶化すようにギルへ視線を送る様はまるで無邪気な子供だ。その親しみやすさに、エイミはどこかホッとするのを感じた。なにしろ異世界で初めて出会った女子だし。
「さっきの魔術機構の話、まあ私の浮遊椅子を見ればわかるだろ? 魔法椅子自体は普通の国にもあるけど、こんな風に……自由に出力は変えられないはずだ」
シスレーが手で椅子をタッチすると、途端に椅子は高く上がり、またすぐに戻った。
「基本的にこの世界の魔法は個人差が大きく、内容にしても瞬間的な決め打ちか、定量固定だ。出力や効果を変えるには掛けなおしが必要になるんだけど、我が国の魔術機構を使えば! なんと! 誰でも同じように使えて! 出力を途中で変えることも、止めることもできるのだあああああ! 我が国の! 魔術機構工学は! 世界イチぃいいいいいいいい!」
おう……オタク……どこの世界にもいるんだね……。エイミは生ぬるい笑顔を浮かべた。
様子がおかしい妹を見ないようにして、ギルバルトはエイミの方を向く
「話を戻そう……王子と連合は帝国がその高度技術を独占しているのを良しとしない。この10年、我が国の内乱に際して軍備増強を続けたのも気に入らない。前々から潰す機会を狙っていたのだ」
「やっぱ性格悪かったんだ、王子。イケメンクソ野郎じゃん」
「聖女のスキルが付与されていないのも、何らかの妨害の結果かもしれないと思っている。もちろん、私の……不徳の致すところかもしれない。だから、聖女エイミのせいではない」
穏やかな口調で言い、ギルバルトは膝をついてエイミに視線を合わせた。
わわっ、とエイミは目を瞬かせる。おぢさん、正面から見るとだいぶイケメンなんだな。
「だが連合がそのつもりである以上、エイミのスキルが無いことさえ条件の不備として突いてくるはずだ。当初は承認したものの、やはり聖女の召喚は不完全だった、と」
「そんな意地悪までするかなー」
「あの年齢で大陸連合議長補佐を務める人物だぞ。駆け引きはお手の物だ。むろん我々とて無抵抗で従うつもりはない……エイミ、今からでも遅くない。ゲンダイに戻った方が」
「それはダメだ!」
唐突にシスレーが叫んだ。
さっきまでの陽気さは消え、凄まじい表情をしている。
「これ以上の代償はダメだ、ギル! 分かっているのか……君は!」
「お前が決めることではない。召喚者である私と、聖女エイミが決めることだ」
厳しく制止してから、ギルバルトは静かな表情でエイミを見つめた。
「……まだ16歳、子供だ。未来を大事にしなさい」
エイミはびっくりした。
厳しくて渋い頑固おぢさんのはずが、こんなこと言うなんて。
ただそれだけに、言葉には真剣みがこもっていた。
このおぢさんは、見た目ほど悪い人じゃない。きっと心からの言葉なのだ。
でも。
エイミは少しだけ目を閉じ、それから開いた。
「……おぢさんの気遣いは嬉しいよ。でもね、それは優しさとは違くない?」
驚くギルバルトを、エイミは真剣な表情で見つめる。
「さっきのおぢさんの言葉、少し直すね。帰るかどうか、それは『アタシ個人』の問題だよ。アタシの居場所の話なんだから」
「エイミの、居場所……」
「そうだよ。アタシのことを勝手に決めないで。現在だって、未来だって、それはアタシ自身が決めることなんだ」
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