第4話 悪の帝国ってそりゃないでしょう


 エイミは眉をひそめた。


「さっきも言ってたけど、その条件っていうのは……」


「私から説明しよう」


 静かに言ったのはギルバルトだ。

 息をつき、手に持った杖の底でトン、と地面を突くと空中に画像が現れる。


「こちらがメルファリア世界地図だ。五つの大陸のうち、最も北にあるこの大陸が北大陸アークリンデ。わがシヴァルディス帝国はその北側五分の1を占める」


 もう一度トン、と打ち付ければ、上にあった平たい国が浮き彫りになった。


「シヴァルディスは寒い帝国で、月日のおよそ半分は氷と雪に閉ざされる。資源に乏しく、2世代前までは盛んに侵略戦争を仕掛けていた。それで大陸中に『帝国は悪』という固定観念と、再侵略への疑いがこびりついている。ここまではいいか?」


 丁寧な、ゆっくりした口調だ。エイミはこくんと頷いた。


「一時は国勢が衰えたものの、近年……私の代になってから内乱平定に際して軍備を再強化したので、各国の懸念も再び強くなってしまった。そこで、帝国は悪ではない、侵略の意思はないと表明するために、北大陸諸国連合から『3つの条件』を突き付けられているのだ」


「えっと、つまり」


「過去の悪行から悪の帝国かもしれないと疑われているので、解体されたくなかったら3つの条件を満たせ、という話だ」


「それって『今はなんもしてないけど、昔は悪いことしたし、悪い顔なので、また犯罪しそうだから捕まえとくわ。保釈金払えよ?』みたいな?」


「そういうことだ」


「えっ? ひどくない?」


 それがホントならかわいそうすぎるけど。


「少し語弊があるな。何もしていないわけではない」


 口を挟んだのは王子だ。


「帝国内にある不凍湖ファロンおよびその周辺をめぐる領有争いについてだ。現在帝国軍は雪豹族の領有する地域に展開、占領しているのではなかったか?」


「雪豹だけではない、我ら帝国も最初から領有を主張している地域だ……!」


 エイミは二人を交互に見た。なになに、土地争いってこと? どこの世界にもあんだね。

 視線に気づいたのか、王子がフッと表情を緩める。


「まあそんなこんなで、ギルバルト陛下の帝国は3つの条件を満たして、自分たちは悪ではないと証明しなければならない。そのうちの一つが……聖女召喚だ。『神に代償を捧げる』犠牲的精神は清らかな証として評価され、またその代価として聖女が降臨すれば神が誠心を認めたことになる」


「代償……」


 エイミの言葉にギルバルトが咳ばらいをした。


「それは聖女が気にすることではない。とにかく聖女召喚が達成されたいま、残る条件は2つ。ひとつは、現在係争中の雪豹族と和解すること。もうひとつは、国内の不穏な雰囲気の一掃」


「もっと簡単に! 分かりやすく!」


「……雪豹族と仲直り、帝国全体の暗い雰囲気を変える」


 なるほど。

 エイミは小首をかしげた。


「そんなんでいいの? ホントに?」


 ギルバルトがびっくりした顔でこちらを見る。

 だが何か言うよりも早く、大きな声で笑いだしたのは王子だった。


「あっはっは! さすが聖女、それは頼もしい! ではどのくらいで出来そうかな? 1年? 半年?」


「えっと、ねこちゃん族と仲直り、それに根暗のイメチェンでしょ……三ヶ月とか?」


「ばっ、……さすがにそれは無理だ!」


 慌てた表情でギルバルトが横から口を挟む。

 

「雪豹との対話は今も続けている。だがここ半年ほどは平行線を辿っているのだ! それに国内の雰囲気だって、内乱が平定したばかりで……!」


「えー、でも聖女って、なんかすごいスキル持ってるんでしょ? アタシが読んだ聖女モノだと、最初からすんごいスキル持ってて、あっという間に成り上がっていくよ! がんばる聖女の魅力に惹かれて敵もすぐに味方になるし」


 エイミはあっけらかんと言った。

 だって昨日読んだ聖女モノなんて、ニセ聖女に乗っ取られたけど、隣国に駆け込んだら秒で奇跡が起きてあっというまに崇められ、溺愛され、形勢逆転して陛下と結婚してハッピーエンドだったし。


 王子がうんうんと頷く。


「聖女というのはメルファリア世界でも圧倒的な存在なんだ。通常の人間なら体内の精命力ウィクラを使わないと魔法が発動しないが、聖女の魔法がその消費がない。神のご加護ゆえ、存在するだけで無限の力を生み出せる」


「すごー! 無敵じゃん!」


 さすが聖女、パワーが無限!

 そりゃあ困っているみんなのために無双するべき!


「で、そんな聖女エイミの保有スキルだが……そろそろ鑑定が終わるころだな。ああ、ちょうど来た」


 王子の横からニュッと手が伸びてきたのでエイミは目を丸くした。

 なに、幽霊?

 でも王子は驚くことなく、その手から一枚の紙を受け取る。


「……なるほど」


 一瞬、目を見開いたが、すぐにさっきと同じ笑顔を浮かべる。

 

「聖女エイミのスキルは……」


 エイミとギルバルトは、同時にゴクリと唾を飲みこんだ。





 

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