悪役おぢとギャル聖女  ~悪役扱いされている帝国のおぢさん皇帝が聖女を召喚したらギャルが来た~

夏目桐緒

プロローグ 家無しギャル、異世界に飛ばされる。

 

 川崎の夕暮れは、いつでも騒がしい。



 小島エイミは駅前のフェンスに寄りかかり、両手の荷物をゆっくりと下ろした。


「よっこらしょっと……」


 思わず漏れた声に自分で笑いそうになる。アタシはおばあちゃんか。 


 地元から電車で二駅。たったそれだけの距離なのにマジで重かった!

 まあしょうがないよね、全財産を担いできたんだから。


 背中のリュックとでかいバッグ、パンパンのキャリーカートがアタシのすべてだ。

 今朝、いじわる不動産屋に「家賃払えないならいますぐ出ていけ! 警察呼ぶぞ!」って言われて、慌ててかき集めてきた。


 いや思い出したらアイツまじムカつくわ。

 唯一の家族であるお姉ちゃんがいなくなったばかり(つっても三ヶ月経ったが…)しかも春休み初日の女子高生ギャルを部屋から追い出すなんて。人のココロはないんかっつーの。


 羅生門ってさ、国語の教科書に載ってた名作のやつ。アレの下人よりヤバイでしょ。


 それにしても。

 アタシはしみじみと、ピンクのド派手キャリーカートを見た。


 お姉ちゃんがいなくなってから家具も家電もドンドン売ったけど、まだこんなに残ってたんだなあ。

 お姉ちゃんと一緒に使ってた宝モノたち。

 嬉しいけど、でも途方に暮れる感じもある。


 このデカい荷物を持ったまま、これからどうしよ。

 そもそもお金もペイもないし、今夜泊るところが……。


「あれっ、もしや……家出ギャル!?」


 突然話しかけられて、またしてもため息が漏れた。

 出たよ、ガラの悪いナンパ男。もはや夕方の駅前名物。

 

「どしたのー、ロング茶髪のギャルJKちゃん。その制服、女子高かな? スカート短いねー! てか、結構カワイイね!? あとメイク薄い? ナチュラル系?」


 メイク薄いとか余計だっつーの。あまりに急ぎすぎて眉とリップしか書けなかったから、実質ノーメイクを眼鏡でごまかしてるんだってば!


「あれあれ、もしかしてなんか困ってる感じ? 話聞こっか?」


「あ、いやー……人待ってるだけなんで……」


「友達? 良かったらこっちも野郎呼ぶからカラオケでも……」


 早口と食いつきがすごい。


 いやさすがにコイツのお世話になるのは勘弁。

 仕方ない、ここはアタシの特殊スキル発動だ!

 あっ、って感じでスマホを見る。


「あ、彼ピから着信だ! ……もちもち、エイミだよ!ごめんごめんチョー!!いまどこいるぅ? エイミは駅前にいるょ! うんうん、おうち行くピ!」


 効果はバツグンだ! ナンパ野郎が舌打ちし、イヤな表情で去っていく。ビッチかよ、って捨て台詞もマジ川崎。ここは現代の羅生門か。


 そして架空の彼ピはサンキュー。おかげでなんとか助かったわ。

 震える手でスマホを下ろそうとして、別な通知が来ていることに気づいた。


 マッチングアプリだ。


「……そういや、先週入れてたっけ」


 『1件のマッチングがあります』の通知。

 アプリ名は『神マッチング』。


 失踪する前のお姉ちゃんもコレ入れてたんだよね。

 銀座で真面目にチーママしてたお姉ちゃん。

 彼氏にも下僕にも困らないって言ってたモテモテのお姉ちゃんが、どうしてマッチングアプリなんか入れてたのか、それは分かんないけど……。


 このままだと家を追い出されそう、って思った一週間前に、アタシもいちおー入れたんだ。まあ一泊くらいなら、ヤらなくても泊めてくれるような神はいるかなって。神マッチングだけに。


 いや、その条件でマッチングしたってことは……マジで神が降臨した!?


 慌ててアプリを開くと、確かに申請が来てる。


『条件に合うマッチングが 1件 あります』


『――マッチングOKしますか?』


 アタシはごくりと唾を飲みこんだ。

 どうしよ……。


 神マッチングって変なアプリでさ。

 趣味や年齢を入れるのはマチアプの基本だけど、なりたいモノとか、得意なコトとか、これから頑張りたいコトなんかも記入欄があるんだよね。


 ついついノリで『運命を変えたい!』とか入れちゃったけど、それはアタシの正直な願望だった。


 パパは小さいころに消えて、毒ママに虐待されて育った。

 登校拒否になって、なんとかヤル気を立て直して、優しいお姉ちゃんと二人暮らし。

 このまま平和に過ごせるといいなーと思ったら、三か月前にお姉ちゃんも蒸発。

 バイトの掛け持ちじゃ生活費と家賃は払いきれず……ついに家を追い出され。


 いや変えられるなら変えたいでしょ、アタシの運命。

 頑張るつもりはあるよマジで。


 あれ、もしかして。

 アタシのそれ見てOKだった奴がいるってこと……?


 じゃあどんな人なのか、一回会ってみても良くない?

 キモ客だったら遠くから見るだけで逃げればいいし。そうじゃなかったら泊めてもらえるかもだし。


 昔の記憶がよみがえる。


 ――エイミちゃん、暗いもんね~。

 ――あんな陰キャで何が楽しいんだろ。

 ――お姉ちゃんはあんなに可愛くて……ギャルすごいけど。

 ――全然似てないよね。



 アタシは首を振り、きっぱりと顔を上げた。


 自分の運命は自分で変えるしかないっしょ!

 そのためには、どんな出会いだって試してみるしかないんだ。


『――マッチングOKしますか?』


 アタシはゴクリと唾を飲みこみ、『OK』のボタンをポチった。


「まあなんとかなるっしょ!」


 それはアタシの最大限の強がりであり、本音でもあった。

 なんとかなればいいな、くらいに思っていた。


 その途端、周囲が光に飲み込まれ……。





 まさかそれで異世界に飛ばされるとか、フツーは思わないじゃん?




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