悪役おぢとギャル聖女 ~悪役扱いされている帝国のおぢさん皇帝が聖女を召喚したらギャルが来た~

夏目桐緒

第1章

プロローグ 初めての聖女召喚


 

『――極星教院ファリコンスキュールより聖女召喚式の使用許可が出ました』

『――シヴァルディス帝国皇帝、ギルバルト・イル・セリウス・シヴァルディス。聖女召喚を許可します』



 薄暗い空間に声が響く。

 部屋の中央で膝をついていた男は、ひっそりと立ち上がった。


 年齢は30代半ば、いや、疲れた顔は40過ぎにも見える。

 長い銀髪には黒髪が一筋。

 目は赤く、肌は青ざめたような色をしていた。


 襟元まである黒い服、黒いマント。

 手に持った杖も黒く、凍てついた氷のような造形は刺々しい印象だった。


 その男――シヴァルディス帝国皇帝ギルバルトは立ち上がった瞬間、ちょっとだけよろけた。


 腰痛。

 肩こり。

 徹夜仕事から来るめまい。


 急に立ち上がると、中年にはドっとくるのだ。


 ギルバルトの外見はかなり悪い。

 美醜ではなく、『凶悪』という方向に寄っている。

 背も高いし顔も怖い。

 魔術量の関係で伸ばしている髪も、たぶん畏怖を加えている。

 

 それゆえ、悪の皇帝だの、絶氷公だの、禍々しいあだ名で呼ばれることも多いが……誰も分かっていない。


 中身は疲れた30代後半の中年なのだ。


 視力だって年々落ちている。

 体力もそう。


 だがそれでも……祖国を護るためには、命を削らなければならないときがある。


「大丈夫かい? ギルバルト陛下」


 声と共に目の前にすうっと映像が浮かび上がる。

 涼やかな目元をした、金髪の王子。


 大陸連合のリュミエール王子……今回の召喚を強要した一人だった。


「心配はいらない。国務の疲れが残っているだけだ」


 王子はまだ若く、たしか二〇代になったばかりのはずだ。

 たぶん腰痛とか老眼も知らない。若さと健康が羨ましい。


「そうか。まあ我々としては『代償』をきちんと払えってもらえるなら、なんでも構わないのだがね」


 口調とは裏腹に、リュミエール王子は端正な顔に人好きのする笑みを浮かべた。


「私は大陸連合の見届け人として、立体映像ながら立ち会わせていただく。今回の召喚は貴国が悪だという疑惑と噂を払しょくする第一歩となる」


 その疑惑を世間に広め、押し付けているのは当の連合なのだが……ギルバルトは黙っていた。


「正しく清らかな心を持っていれば必ず神は応えてくださるだろう。心して行ってほしい。連合としても成功を祈っている」


「……承知した」


 壁面に、柱にも映像が映し出され、みるみるそこは聖堂風の一室となる。

 極光教院の投影魔術だ。この映像自体が召喚魔術式の一部なのだ。


「それでは初められよ」


 王子の声と共に、ギルバルトは息を吐いた。


「……極星の神よ、開け異界の扉。彼方の神よ、応じよ我が呼び声」


 トン、と杖で床を突くと、三重の魔法陣が展開される。

 白い光と風に髪を、マントをなびかせながら、ギルバルトは詠唱を続ける。


 異世界から来る聖女にこの呼びかけが届くように。


 できればその聖女は……。

 気立てがよくて。

 落ち着いた大人の女性で。


 すごいスキルをたくさん持ってて。

 そのスキルで「私、なんかやっちゃいました?」みたいにとんでもない改革をしてくれて。


 おまけに周囲の人々にも優しくて。環境まで変えてくれて。

 そんな最高の聖女を……。


 そこまで思いう浮かべてから、ギルバルトは心の中であっさりと首を振った。

 いやいや、さすがにそれは高望みすぎる。


 願えるなら、ただ一つ。


 ……運命を変えるような、温かな力を持つ女性を、どうか我が国に……。


「来たれ、異界の聖女よ!」


 ギルバルトの声と共に、温かな光が周囲を包み……。

 奇妙な声が響き渡った。




『――マッチング完了しました!』




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