第10話

母が来た日の夜、大雨の中傘もささず家を出た。



―――――――――通話中。


『今家いる?』

『いるよ』

『一人?』

『一人だからおいで。』



――――――――――――。


その後、一時間経っても二時間経っても僕は大雨の中、外に居た。



――――――(呼出音)


『流星、あんた今どこ?』

『ごめんね。変な電話入れて。』

『いいけど、今どこ?』

『変な勘働かせなくていいよ。』

『あんたまさかだと思うけどこの雨の中ずっと外にいんじゃないの?』

『……』

『紗里には言っとくから。あたしのとこ今すぐ来て。風邪ひくよバカ。』

『大丈夫だよ。』



――――――――――――――病院のベットの上。


『……。』

『流星。』

『千紗?…』

『あたしだよ。』

『ここどこ?…』

『病院。』


『……。』

『死にたかった?』

「……」


僕は重い体を上げようとすると、千紗が支えてくれた。


そして…包み込んでくれた。


『千紗にはうちにいるって言ってあるから。』

『ごめん』

『大丈夫』


僕が下から千紗を見つめると、おでこにキスしてくれた。けどもの足りなさそうな目をすると、


『なに?その目。』

『別になんでもない。』

『言いな。』

『言いたくない』

『…あたしはあんたが大好きだよ。』

『…俺はわかんない。もう誰に対してもよくわからなくなっちゃった。』

『そういう時もあるよ。』

『……。』

『大丈夫、あたしはずっとこうしててあげる。』

『…いいよ。待ってる人いるでしょ?』

『あれ?別れた。』

『なんで?俺のせい?』

『それは無い。あたしが無理だった。』

『なんで?』

『あたしの時間を誰かにくくらいならあたしは、あんたにきたい。そう思ったの。』


『俺に会いたくなっちゃった?』

『会いたくなっちゃった』


僕が笑うと千紗も笑った。



『死ぬなんて馬鹿なこと言わないで。』

『悲しんでくれる?』

『当たり前。』

『ありがとう。』



―――――――――――――――。



数日後、僕はまた真夜中に家を出て自殺未遂をした。




――――――――――――病院。


「流星…。なんで?…」

「お姉ちゃん最近、流星と話した?」

「あんまり話してない。流星またなんか隠してる気がしてて。」

「気付かなかったの?責めてるわけじゃないけどさ。」

「責められて当然だよ。あたし、流星の母親なのに。」

「……。」



「千紗…。」

「流星!どうした?」

「…ママは?」

「いるよ」

「なんで?」

「そりゃ呼ぶでしょ。」

「怒んないの?」

「え?あたしが?」

「そう」


喉が痛くてあまり声を出せてないのに千紗はわかってくれていた。


「怒りは通り越した。」


僕はそれを聞いて少し微笑んだ。

それを見て千紗が耳元で、


「あんたね、あたしに遠慮すんなって何回言ったらわかんの?」


と言って僕の手を握ってくれた。


それじゃ足りなくて起きようとすると、

体を支えてくれて抱き寄せてくれた。


「……」


僕が千紗を見上げると千紗はおでこにキスしてくれた。


「あんた暫くうちに居て。紗里には言っとくから。」





――――――――――――――数日後。真夜中。千紗の家。


「なにしてんの?」


ベランダで隠れて酒を飲んでいると後ろから包み込んでくれた。

千紗は僕より少し背が高い。

大きくなっても抜かせなかった。


「……。」

「何隠したの?」


黙って渡すと、


「あたし見てる時以外禁酒ね。」

「自殺するくらいだからアル中になるくらい朝飯前だって?」

「そういう事。今のあんたが隠し持っていいものでは無い。」

「保護観かよ。」

「みたいなもんでしょ。あんた全部で何回やってるかわかってんの?入院になってもおかしくないからね。」

「…その方がいいかもな。暴れまくって拘束されて、天井見つめて生きてんだか死んでんだかわかんないくらいが丁度いいかもしれない。」

「あんたの事だから看護師見に来る前に舌噛んで死んでそう。」

「近い未来だな。」



「…ねぇ流星。」

「ん?…」

「抱えてる事話して。」

「……今は無理。」

「まとまらない?」

「…多分、千紗とたらまとまる。」

「じゃあしてみる?」

「『普通』は飽きてる。」


「……。」

「……。」


千紗と見つめ合う。

…そしてお互い吹き出して笑う。


「…もう頭の中ぐちゃぐちゃ。母さんと話たけど、『他人よその人』って感じ。紗里も、もう今では普通の『女の人』。俺も、もう大人になって紗里守んなきゃいけないのに甘えたくて。でも甘えたら紗里が潰れたり、大人な人探したり見つけたりして俺捨てられるんじゃないかなって。…でも千紗も相手出来たみたいだし、俺邪魔だって思った。もう行先が無くなっちゃった。」


「やっぱりそうだったか。想像は付いてた。あたし、あんたの頭の中見えてるからね。…でもあたし何度も何度もあんたに言ってきてるよ?甘えなさいって。なんでそれが出来ないの。」

「出来ないんじゃない。したくない。」

「俺は母さんの子。本来甘える先は母さん。でも俺には母さんが居ない。だから生まれつき俺は一人で生きていかなきゃいけない。誰にも甘えちゃいけない。」


「……流星、あんたいつからそう思ってたの?まさかと思うけど4歳とか5歳とか?」

「さすがだね千紗は。よく俺を見てるよ。」

「じゃあ、母さんが流星を産んだって知ったのもそれくらい?」

「そうだよ。俺、眠り浅い時って結構周りの声とか聞こえてたんだよね。それで知った。」

「ごめんね。あたしがそれに気づくのもっと早ければあんたもこんな思いしなくてよかったのに。」

「いいよ。母さんに母さんの事情があったと思うし、紗里には紗里の思いもあったと思うから。」

「あんたは本当に優しいね。だから潰れるんだけどさ。」



…僕から千紗に抱き着いた。



「本当は甘えんぼなのにね。抑えさせちゃってごめんね。」

「大丈夫。千紗が一番わかっててくれてるから。」






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