第5話 ミカエラの想い

 およそ一週間前のこと。森の中でルシフェラと遭遇して別れた直後、ミカエラはいぶかしんでいた。


 ルシフェラは往々にして明るく元気である。たまには元気がないこともあるが、つい先程の彼女の様子は明らかに可笑おかしかった。元気がない上に、とても深刻そうな顔をしていたのだ。そのことからミカエラは、不吉さを感じ取っていた。なにか良くないことが起きるかもしれない、と。


 それからというもの、ミカエラはルシフェラの家を毎日訪れた。これまでにも、ちょくちょく訪問はしていたが、連日にわたって訪れることは稀だった。


 ミカエラが連日にわたる訪問を始めて三日目の帰り道。彼女はいよいよ怪しく思うようになっていた。やはりルシフェラの様子が可笑おかしいのだ。ミカエラが訪ねたとき、ルシフェラは決まって在宅だった。それが可笑おかしいのだ。


 普段ならルシフェラが家にいる時間は、そう長くはない。出掛けていることが多いからだ。それなのに三日連続で在宅しているところに遭遇したとなると、それはもう、ルシフェラが引き籠っているとしか思えないのだ。塞ぎ込んでいるとしか思えないのだ。


 更にいえば、ミカエラが訪問してもルシフェラは家の中に入れてくれなかった。それどころか、玄関扉を開けることすらなかった。扉の向こう側から生気の感じられない声で、「ゴメン、今はムリ」と言うだけだったのだ。そんなことが、三日も続いていた。


 よってミカエラは三日目の訪問のあと、他の天使たちにルシフェラについて訊いて回ることにした。『ルシフェラと最後に会ったのは、いつのことだったか』、『そのとき、ルシフェラはどういう感じであったか』と、そのようなことを訊いて回った。すると殆どの天使が、『ここ数日は会っていない』と答えた。そしていくらかの天使は、『元気がなかった』、『果実を持っていた』というようなことを言った。


 それらの発言を受け、次第に明らかになったことがある。どうやら、ここ数日間のルシフェラは、果実の採集をするためだけに外出している感じだったのだ。


 普段のルシフェラは食欲旺盛である。彼女は果実に限らず、肉や魚も食べる。色々なモノを食べるのだ。しかしどういうワケか、ここ数日間は果実しか食べていないようだった。そのことは、ミカエラを大きく動揺させた。ルシフェラの身に良くないことが起きているのだ、と。


 その翌日以降も天使たちへの聞き取りを続けつつ、ルシフェラ宅への訪問も継続していたミカエラ。しかし相変わらず家の中には入れてもらえなかった。そして五日目の訪問を終えたあと、ミカエラは決定的な話を聴く。


「ルシフェラなら、なんだか怒っていたわよ。『地上が大変だ』とか言って」


「そうそう、やかましくしていたわ。『人間たちが可哀相』とか、ワケの分からないことを口にして」


 そう言ったのは、ラファエラとウリエラである。彼女たちは相も変わらず庭園の東屋あずまや───ガゼポにて、優雅に二人だけの茶会を開いていた。いつものように、キャッキャッ、ウフフッ、と意味深なやり取りをしながら。


 二人の話を聞き終えたミカエラは、一呼吸のを置いて血相を変えた。そして翼を広げ、大急ぎでルシフェラの家へと飛んでいった。そんな彼女の後ろ姿を眺めていたラファエラとウリエラは、優雅な茶会を再開し、またしても甘美にして淫靡な雰囲気をかもす。そしてまた、意味深なやり取りをするのであった。




 程なくして、ルシフェラの家の前へと到着したミカエラ。彼女の脳裏には、最悪の未来が映し出されていた。ルシフェラが天上から去ってしまう未来が。地上へと赴いてしまう未来が。


 しかしながら、それはミカエラの単なる予想に過ぎない。あくまでも予想に過ぎないのだ。よって、あるじであるヤヴァイネに報告する段階には至っていない。


 とりあえずは、直接ルシフェラに確かめなければいけない。そう思ったミカエラは、おもむろに口を開く。しかし、言葉が出ない。


 もし本当に地上に赴くことをルシフェラが考えているのなら、そのことを本人の口から聞いてしまったなら───そう思うと、ミカエラは言葉を発することができなかった。そんなことを知ってしまったら、ミカエラはあるじであるヤヴァイネに報告をしなければならない。必ず伝えなければならない。それは、天使の務めなのだから。


 ましてや、ミカエラは天使のまとめ役である。如何いかに処罰対象が憧れているルシフェラであっても、見過ごすことなどできない。見逃すことなどできよう筈がない。そんなことは絶対に許されない。ヤヴァイネへの反逆になってしまうのだから。


 よってミカエラはなにも言えず、なにもできず、ルシフェラの家の前から、ただ去っていった。自宅へと戻り、塞ぎ込むミカエラ。ルシフェラに続き、ミカエラまでもが大きな悩みを抱えることになってしまった。しかしながら、このまま、なにもしないというワケにはいかない。だからミカエラは大いなる悩みを抱えつつも、翌日もルシフェラの家を訪れた。


 とはいえ、核心に迫る話はできない。確信を持つようなことになってはいけない。ルシフェラが天上から去り、地上へと赴くこと───その確証を得るワケにはいかないのだ。よってミカエラは力なく玄関扉をノックし、力なく尋ねるのみである。


「ルシフェラ・・・、今日も会ってくれないのか?」


「・・・ゴメン、今はムリ」


 返ってきたのは、いつもの言葉。そうしてミカエラは肩を落として、その場を去った。




 その翌日も、翌々日も、同じことの繰り返し。しかし、その次の日は違った。


 ルシフェラの家に近づく頃、ミカエラは一人の天使を見掛けた。なんとも力強く歩く天使。その顔は、やたらと元気そうだ。まるで憑き物が落ちたかのようにも見える。その天使とは、ルシフェラである。


 以前のように元気そうなルシフェラの姿を目撃し、ミカエラの目に涙が浮かぶ。全ては杞憂だったのだと安堵し、緊張の糸が切れたため、思わず浮かんだ涙だった。


 急いで飛びつき、小言の一つでも言ってやろうかと思ったミカエラ。よって彼女は翼に力を込める。ルシフェラのところへと一気に飛んでいき、抱き締めてやろうと。しかしすぐに、その思いは消えた。奇妙なモノを見たためだ。


 ルシフェラのあとを追うようにして動いている奇妙なモノ。それは、真っ黒な蛇であった。



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暴虐邪道天使ルシフェラちゃんが往く @JULIA_JULIA

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